企業価値向上の新方式を解明する
組織横断的なチームから成る富士通の「財務非財務分析プロジェクト」は、財務指標と非財務指標のつながりの解明に挑戦しています。組織カルチャーの醸成に寄与し、かつ社会的責任の遂行を示す非財務指標に関する取り組みを「戦略を推進するための施策」と広く捉え、それらの施策のうち何が中間因子の変化に働きかけ、財務パフォーマンスや持続的な企業価値の向上に寄与しているのかを明らかにすることを目指しています。仮説の構築、データ収集、因果分析をリードする財務非財務分析プロジェクトのメンバーに、プロジェクトの狙いや分析への期待について聞きました。(このクロストークは、2026年7月に実施しました。)

山田 真理子
Sustainability Division
Head of Sustainability Division

益田 良夫
財務経理部門
Head of Corporate Finance Unit

田島 佳奈
CRO室
Head of CRO Office

中村 精一
マーケット部門 エンタープライズ事業
Head of Business Strategy Design

阿萬野 晋
人事部門
Head of Employee Success Unit

和田 昌之
CDU
Head of Corporate Digital Unit
非財務分析プロジェクトの目的と、どんなメンバーがどのような期待を持って参加されているか教えてください。

山田
財務非財務分析プロジェクトの目的は、人事施策がどのように社員のマインドや行動変容を促すのか、そして当社ならではのデジタルテクノロジーをどう活用すればお客様への向き合い方が変わっていくのかを明らかにすることです。財務という結果が出る手前に「中間因子」なるものがあるだろうという仮説の下、それがどのように財務につながっていくかを解明しようとしています。アカデミックな分析ではなく、現場の活動に活かすための分析をしている点に、このプロジェクトの特徴があります。
また、バックグラウンドやミッションが異なる様々な部門が組織横断的に連携し、それをCSSOの山西がオーケストレーションしていることも、当プロジェクトのもう1つの大きな特徴です。私は、CEO室のサステナビリティ部署から全体のとりまとめ役として参加しています。
益田
財務の観点で申し上げると、当社が投資家の皆様から最近よくいただく質問は、「その施策の効果が、いつ、どのような形で業績(PL)に表れるのか」という点です。AI活用はその代表例ですが、決してそれだけではありません。
当社では、社員の給与水準の向上や学び直しの機会の拡充、自律的に働ける環境整備など、人への投資を継続的に進めています。投資家が本当に知りたいのは、こうした取り組みが単なる活動実績にとどまらず、将来の成長や収益性の向上にどのようにつながるのかということです。
例えば、従業員エンゲージメントやダイバーシティ・リーダーシップといった非財務指標が改善し、計画どおりに進捗していたとしても、それによって新たな価値創造やイノベーションが生まれ、顧客価値の向上や業績向上につながっているのか。その因果関係を、より分かりやすく示していくことが求められています。
非財務情報の開示は、単に指標を報告することが目的ではありません。人的資本やAIへの投資が、企業価値の向上や持続的な成長にどのように結び付いているのかを説明することこそが重要だと考えています。非財務指標の変化と経営成果とのつながりをこれまで以上に明らかにし、投資家の皆様との建設的な対話につなげていきたいと考えています。
田島
私は非財務指標の1つであるNPS(R)*1を推進する部署から参画しています。お客様とのリレーションシップは当社の強みであり、ビジネスの大きな柱です。それがどのように業績にインパクトを与えているのか、そこを起点に何を伸ばせばより高い目標を達成できるのか、社員がお客様に向き合いリレーションシップ構築に魅力を感じながら仕事できるのか。こうした問いを、当社のテクノロジーを用いて実際に可視化していきたいと考えています。

中村
我々のエンタープライズ事業部門は製造・流通業種を担当しており、基本は営業部門ですので、業績・財務に最も近い立場にいます。我々は受注や売上で高い成長が期待されていますが、そうした営業活動の結果を管理するだけで成長を維持し続けることができるのかというのが我々の課題認識です。どのような形でパイプラインが生み出され、受注につながるのかをより深く理解する必要があるのではないか。そのためには一連の行動の量や質、さらにはそのベースとなるスキルまで踏み込んで見なければ、持続的な成長は実現できないのではないかと考えてきました。こうした「非財務」の要素と財務がどうつながるのか、従来の経験や勘に頼らずにデータと因果分析によって浮き彫りにし、行動変容につながる手がかりを得ることが我々の期待です。
田島
財務目標を達成するためにはこういう行動様式が望ましい、その行動様式を実現するためにはこういう学習が必要、というつながりは、頭の中ではロジックツリーのように描けます。当社のテクノロジーを活用して、まだ表面化していない社内の様々な取り組みや施策との関係性や、一人ひとりの行動様式、マインドセットへのインパクトといった要素を明らかにしていきたいと考えています。
阿萬野
人事部門は、人の行動が変わり、その影響で組織が変わり、ビジネスが変わり、お客様への提供価値が変わっていくことを重視しています。そのための経営基盤として、財務と非財務がつながる仕組みを整備していくべきと考えており、社員の行動からお客様への提供価値に至る一連のつながりを解明するところまで本プロジェクトで実現できればと考えています。
会社がサステナブルに成長するために、人的資本価値を高め、それがビジネスを通じて会社の持続的な成長につながる。それを実現するために、今どういう状態にあるのか、どこに課題の本質があるのかを、高い解像度で見ていきたいと考えています。
和田
私は現在、社内のデジタル変革・AI変革をリードするコーポレートデジタルユニットでリーダーを務めています。AIの導入の文脈では、多くの企業がコスト削減を目的としています。効率化によるコスト削減は私たちも非常に重要視していますが、それだけではないと考えています。むしろ、AIの導入によっていかに人の価値を高め、エンパワーしていくか。それによって企業価値をどう高めていくかに、力を入れていきたいのです。難しい挑戦ではありますが。デジタルテクノロジーの導入と人のエンパワー・行動変容の間、あるいは行動変容とトップラインの拡大・企業価値向上の間に、どのような因子が介在しているのかをしっかりと捉えて可視化していくことが、私たちにとっての大きなテーマです。
山田
無形資本の代表格である人材の価値を高めるために、当社は教育や働き方改革といった施策も含め、従業員がイノベーティブに、そして帰属意識を持って働ける環境づくりにずっと取り組んできました。それがどう企業価値につながるかをエンド・トゥ・エンドで見る。そのために多くの人が本気でコミットしているというのは、非常に心強いことです。
和田
現在当社は、AIを徹底的に社内に導入すると同時に、すべての業務プロセスにAIを活用することで業務の高度化を図っています。ただし、AIの導入とその効果・アウトカムは、単純につながるわけではありません。デジタルテクノロジーの導入と財務経営指標の間には一定の距離があります。両者の間にどのような中間因子があってインパクトを与えているかを可視化し、AI導入が企業価値向上にどうつながっているかをクリアにしていくことも目指したいと考えています。

益田
当社は、業界の中でも非常に高い財務目標を掲げ、その達成に向けて挑戦を続けています。一般的には、人的資本や組織文化といった非財務の取り組みが業績向上につながるという視点で語られることが多いのですが、私はその逆の視点も重要だと考えています。
例えば、高い目標に挑戦し、それを達成しようとする過程で社員が成長し、組織の一体感が高まり、エンゲージメントや挑戦する文化の醸成につながることがあります。また、成果を創出したという成功体験は、社員の自信や働きがいを高め、さらなる成長への原動力にもなります。
つまり、非財務指標が財務成果を生み出すだけでなく、財務成果そのものが組織や人材に好循環をもたらし、非財務指標の向上につながるという双方向の関係があるのではないかと考えています。
今後は、人的資本や組織文化が業績に与える影響だけでなく、高い目標への挑戦や業績達成がエンゲージメント、イノベーション、組織能力の向上にどのような影響を及ぼしているのかについても、より明らかにしていきたいと考えています。財務と非財務を別々に捉えるのではなく、両者が相互に作用しながら企業価値を創造していく姿を示していくことが重要だと思っています。
プロジェクトの前身の取り組みから分かったことと、現在の非財務プロジェクトが具体的に何をやろうとしているのか、教えてください。
山田
当プロジェクトの財務・非財務の関係性分析から、従業員の教育も含めた人事施策に力を入れることで、行動が変わり、お客様へのアプローチの仕方も変わったことが一応は見られました。ただし、データで見えたことは想定の範囲内の結果にとどまっており、「この施策が鍵を握る」「この取り組みは成果に結び付かない」という解明までには至りませんでした。
和田
データという観点で申し上げると、以前のアプローチは、今あるデータから出発し、そのデータ間の関係性を可視化することで、ある程度強い因果、1つのストーリーラインが見えてくるだろうという想定から始めていました。
今、私たちが改めて取り組んでいるアプローチは、「このような関係性があるのではないか」という仮定のシナリオをいくつか描くところから始め、そのシナリオを検証するために必要なデータをつくっていくものです。足りないデータを補いながら、シナリオが合っているかどうかを分析・検証しています。このアプローチが非常に重要だと感じています。
阿萬野
ある程度の仮説を自分たちで持ち、「ここに問題があるのではないか」「このあたりを深掘りしたい」というシナリオを思い描くこと、これはAIとの役割分担という観点からも、人間が担うべき重要な仕事ではないでしょうか。その仮説が本当にそうなのかをデータで検証しながら深く見ていくと、実は本質的な問題はこちらだった、という新たな発見も生まれてきます。
山田
そのアプローチに基づき、仮説を立てるためにハイパフォーマーへのヒアリングを益田さんと田島さんで実施しました。

田島
高い成果を上げている「ハイパフォーマー」と呼ばれるセールスの方々にヒアリングをしながら、仮説をつくっています。
当社だけでなく競合も含めどの会社もAIを活用する中で、差別化の鍵になるのは結局、お客様とどうコミュニケーションしてリレーションを構築するか、お客様の意思決定をどうやって後押しできるかにかかってきます。セールス担当者の強みの1つは、お客様の懐に入って良い関係性をつくる力にある、というのがヒアリングを通じた気づきです。ハイパフォーマーの代表格であるセールス本部長の方々にヒアリングすると、良い提案と両軸で関係性を構築することがとても重要だとコメントされています。そうした関係性を商談の成果・財務的なインパクトにつなげていく、そこにどのような行動があるのかに、強い関心があります。
まだ、私たちが見たい「匠の技」を解明するところまでは至っていません。次のステップは、フロント担当者に可能な限り負荷をかけずにデータの精度を高めていくことです。この行動とそこで得られる顧客のビジネスコンテクストデータこそが、AI時代の富士通の価値、他社との差別化につながるはずです。
和田
例えば、音声で「誰々のところに行き、○○の会話をしました」とスマートフォンに録音すると、その音声データを構造化されたデータに変換して、自動的にデータベース化されるような仕組みを構築しています。
中村
そこはとても期待しています。営業の行動は、従来は可視化することが難しい面もありましたが、このプロジェクトを契機に和田さんのチームと一緒に、行動を可視化する仕組みを開発中です。営業の入力負荷をできる限り下げながら行動データを集められるようになれば、それ自体がこのプロジェクトの1つの成果でしょう。
益田
田島さんと一緒に「ハイパフォーマー」へのヒアリングを行い、成功事例を掘り下げて鍵を握る中間因子を抽出できれば、それを他の本部にも展開できることが見えてきました。そのために今、深く分析すべき成功事例の整理を進めているところです。データ収集と並行して、仮説と集めたデータを当社の研究所が開発した独自の「Fujitsu因果AI」*2を活用して分析しています。
この独自の因果分析テクノロジーで、様々なことが見えるようになってきています。当社は近年、ビジネス現場の意思決定者やお客様の経営者層へのアプローチを強化しています。その一環として、私や和田さんがお客様を訪問したり、社長の時田やCFOの磯部が直接うかがったりする機会を増やしています。すると、やはり商談の獲得率が飛躍的に高まることが見えてきています。しかも、どのステージ・どのタイミングで訪問すれば商談獲得につながるのかまで見えてきています。さらに、研修を積極的に受けている社員は商談の受注獲得率が非常に高いこと、どのような研修が効果的なのかといった示唆も、徐々に明らかになりつつあります。

阿萬野
自分たちのデータが可視化されると、変わることへの本気度が増すものです。経営トップや部門長から言われてやるのではない、人事から言われてやるのでもない。自分たちの組織を良くしていきたいという、まさに自律的に組織が変わっていく機運が生まれます。
さらに、「このアクションが効く」ということがデータから分かるようになると、打ち手としての人事施策のROI*3も高まります。人事施策は本当に多岐にわたりますから、施策を網羅的に実施するだけではコストがかかるばかりです。目的意識を持ってやる、数ある施策の中で最もROIが高いアプローチはどれかという視点で考えるためにも、この分析は重要です。
中村
まさにマーケット部門でも、「Fujitsu因果AI」の分析結果をアクションにつなげています。お客様役員の方々との接点強化が、ほぼダイレクトに受注に直結することが分かってきました。こうした成功因子を踏まえ、エグゼクティブスポンサー制度と呼ばれる仕組みとして「型化」し、益田さんたちのような有識者にもお客様役員に適切なタイミングでお会いいただき、それを関係強化や商談機会創出につなげていく取り組みを始めています。
田島
今のお話にも出てきたように、お客様へのアプローチに際して連携している方々の範囲は、マーケット部門にとどまりません。そうした連携が最終的に業績・財務につながっていくことが分析を通じて明らかになれば、マーケット部門に協力している他部門の社員のモチベーションにもつながっていくと思います。
今後の取り組みの方向性は?
中村
因果AIについては、お客様役員とのワークショップ開催などの活用はすでに着手しており、非常に高く評価いただいています。これまでのRPA*4などの案件は業務の部分最適にとどまってしまうケースがありましたが、因果分析は組織全体の業務やデータを俯瞰しなければ十分な効果が得られません。因果AIに関心を持つのが、CxOの方々なのもそのためかと思います。我々自身が因果AIを使いこなして、お客様全体のデータアーキテクチャや業務全体の最適化提案につなげたいと考えています。

和田
非財務分析といっても、今何かが完成しているわけではなく、当社自身が様々なトランスフォーメーションを進めながら、その断面を分析していると捉えています。非財務が財務価値につながる仕組みを明らかにしながら、私たち自身も並行してトランスフォーメーションし続けることが大事であり、今見えているものがゴールではないのです。
社内で常に最新のテクノロジーを実践し、自社IP*5も組み合わせながら試行錯誤してベストプラクティスをつくっていっている。それが私たちの言う「カスタマーゼロ」、すなわち社内実践です。単にデジタルテクノロジーを導入した、AIを導入したというだけで終わるのではなく、それによってどういうインパクトが生まれるのかという価値を可視化する。この両輪を回しながら、私たちの価値としてお客様に届けていくことを重要視しています。
阿萬野
現在はまだ、財務・非財務という枠組みで、どの非財務指標が達成できれば財務につながるのかを解明しようとしていますが、その先にはまだ広がりがあるはずです。お客様があり、社会課題の解決が本当にできているのか、そうしたことがずっとつながって可視化されることが、最終的なゴールだと考えています。
益田
「次の世代により良い社会を」というのが、私個人としてのパーパスです。この因果分析を通じて、日本企業の経営管理を強くしていきたい、そしてその結果として日本全体の競争力・企業価値を高めていきたいと考えています。ただ、当社だけでやっていてもうまくいきません。今、様々な会社とディスカッションを重ねているのはそのためです。私がこのような取り組みを説明すると、ぜひ一緒に取り組みたいという声が多く寄せられます。因果分析を通じて、どの取り組みに注力すべきなのか、何が企業価値向上につながる鍵なのかを、多くの企業が知りたいと感じているのです。
先行研究を見ても、まだ財務と非財務の因果分析には至っておらず、相関分析にとどまっています。そのため非財務領域は今、壁にぶつかっていると私は見ています。私たちが因果分析で突破口を開けば、日本では2027年にSSBJ基準*6での開示が制度化されることが決定している非財務データについても、制度化されたからというのではなく、価値向上のロジックを示すために自主的に開示するという動きをつくれるはずです。この動きを当社がリードして、世界を変えていきたいと思っています。
注釈
- *1 ネット・プロモーター、ネット・プロモーター・システム、ネット・プロモーター・スコア、NPS、そしてNPS関連で使用されている顔文字は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、NICE Systems, Inc.の登録商標又はサービスマークです。
- *2 AIプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」で提供している富士通の研究所が開発したコア技術。富士通独自のアルゴリズムにより因果分析の精度の飛躍的な高度化と大幅な高速化を実現し、従来の因果分析手法では困難だった大規模データの分析を可能としている。
- *3 Return on investment。投資した費用に対してどれだけの利益を出せたかを示す指標。
- *4 Robotic process automation。定型的な事務作業を、ソフトウェアで自動化する技術やツール。
- *5 Intellectual property。ここでは、いわゆる特許などの権利化された知的財産に限らず、独自のテクノロジーやサービスなどを広く意味する。
- *6 日本のサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が策定したサステナビリティに関する情報を企業が統一的に開示するための国内基準。




