サイバーセキュリティ、議論すべきは「コンプライアンス」か「リスク」か

Article | 2026年9月14日

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エグゼクティブサマリー

サイバーセキュリティは、新たな局面に入っています。脅威が進化し続ける一方で、多くの組織にとって最大の課題は、もはやテクノロジーだけではありません。経営層がサイバーリスクをどう捉え、どう管理し、どのような意思決定につなげるかが、これまで以上に重要になっています。

AIが変革を加速させ、デジタルエコシステム(企業間のつながり)が複雑さを増すなか、サイバーレジリエンスはIT部門だけが担うものではなく、事業を支える重要な経営能力のひとつになりつつあります。コンプライアンスはもちろん重要です。ただし、それはあくまで出発点にすぎません。先を行く組織は、自社がどのようなリスクを抱えているのか、どの程度の影響までなら許容できるのか、そして万一の際にどれだけ早く立て直せるのかに目を向けています。

いま経営層に問われているのは、「サイバーセキュリティが重要かどうか」ではありません。どのリスクを受容し、どこに投資し、何かが起きても事業継続性と信頼を維持できる体制を構築できているかです。

では、なぜいまだに多くの企業が、リスクではなくコンプライアンスの視点だけでサイバーセキュリティを語ってしまうのでしょうか。本稿では、真にレジリエントな企業とそうでない企業を分かつ要因を紐解き、経営層が今すぐ果たすべき役割について考察します。

サイバーレジリエンスは、セキュリティ部門だけの課題ではない

サイバーセキュリティは、かつて主にITやセキュリティ部門の責任と考えられてきました。しかし今や、ほぼすべての業務がデジタルシステムやデータ、外部との接続に依存しています。ひとたびインシデントが起これば、業務停止、顧客からの信頼低下、規制対応、業績への影響にまで及びます。さらに、クラウド、デジタルサプライチェーン、リモートワーク、AI活用によって、リスクは企業全体に広がっています。

CyberDaily Australiaとの最近のインタビューでも触れたのですが、サイバーレジリエンスとは、単に攻撃を防ぐことではありません。混乱を予測し、耐え、対応し、復旧しながら、事業継続とステークホルダーからの信頼を維持する力です。*1

多くの組織で共通して見られるのが、サイバーに関する議論がコンプライアンスの確認だけで終始してしまうことです。法規制や基準への対応は必要ですが、それだけでは、自社がどのリスクを抱えているのか、どの程度の影響まで許容できるのか、どこに投資すべきなのかは見えません。

経営層が問うべきなのは、より実践的な問いです。

「私たちはどのようなリスクを抱えているのか」
「どこまでなら受け入れられるのか」
「最優先で守るべき本質的な価値とは何なのか」

経営層とセキュリティチームで、見えているリスクが違う理由

多くの組織に共通する課題は、経営層とサイバーセキュリティの専門家との間にある「認識のズレ」です。
セキュリティチームは脆弱性や対策といった技術的な議論に傾きがちです。一方、経営層が知りたいのは、業務への影響、財務リスク、事業継続性、経営戦略といったビジネスへの影響です。このギャップがあると、サイバー投資の優先順位をつけることも、その効果を判断することも難しくなります。

富士通がグローバル企業・組織の経営層を含むビジネスリーダー400人を対象に実施した調査でも、サイバーレジリエンスの高い組織では、サイバーリスクを技術の問題ではなく、事業の言葉で捉える傾向が見られました。*2

収益の保護、事業継続、顧客からの信頼、規制対応と結びつけることで、より適切な判断につなげることができます。基幹システムが停止し、顧客情報が漏えいし、サービスが提供できなくなれば、その影響を受けるのは事業そのものです。だからこそ事業責任者も、自らの業務が依存するシステムやサービスのリスクを理解する必要があります。

サイバーレジリエンスの先進企業(リーダー企業)が、4つの指標すべてにおいて後進企業(ラガード企業)を上回っていることを示す棒グラフ。指標には、サイバーインシデントからの学習、経営層によるサイバーリスク意識向上の推進、外部パートナーとの連携、そして取締役会レベルでのサイバーリスクの監督が含まれる。最も大きな差が見られるのはサイバーインシデントからの学習で、リーダー企業は93%、ラガード企業は35%となっている。
図表1:先行グループではサイバーセキュリティが日々の最優先業務のひとつとして取り組まれている

また、存在しない「完全な安全」を求めることにも注意が必要です。どのような企業でもサイバーリスクを完全にゼロにすることはできません。重要なのは、リスクをすべて排除しようとすることではなく、そのリスクを理解したうえで、どこに投資し、どこに重点的に対応するのかを意図的に判断することです。

医療は、その難しさをよく示す例です。書面上では合理的に見えるセキュリティ要件も、実際の現場では、止めてはならない重要な医療サービスとのバランスを取る必要があります。

例えば救急部門では、医師や看護師が共有端末を使って患者記録や検査結果、投薬情報などにアクセスすることがあります。多要素認証や一定時間後の自動ロックはセキュリティを高めますが、蘇生処置や重症外傷への対応中には、時間の制約がある情報へのアクセスを遅らせる可能性もあります。

ここで問われるのは、「サイバーセキュリティか患者ケアか」という二者択一ではありません。どのリスクまでなら受容できるのか、どのような対策が必要なのか、そしてそのトレードオフを誰が判断するのかを明確にすることです。答えは、単純にセキュリティ対策を外すことではありません。セキュリティ、安全性、業務継続を、実際の現場環境の中でどう両立させるかを考える必要があります。

これが、コンプライアンス重視の考え方と、リスクに基づくレジリエンスの違いです。コンプライアンスが「求められた対策を実装したか」を問うのに対し、リスクに基づく経営判断では、「その対策が実際の業務環境で本来の目的を果たしているか」「新たなリスクを生んでいないか」「全体として許容できるバランスになっているか」を考えます。

こうしたトレードオフは医療に限りません。安全性、業務継続、顧客サービスとセキュリティ対策のバランスが求められるあらゆる業界に共通する課題です。

AIが変える、サイバーリスクのスピードと影響力

AIは、従来のセキュリティを超えてサイバーリスクの論点を広げています。AIが複数のシステム、サプライヤー、国や地域をまたいで活用されるほど、データの所有、プライバシー、説明可能性、主権、責任の所在は、技術だけでなく経営の問題になります。

さらにAIは、サイバーリスクのスピードと規模も大きく変えています。攻撃側の能力が進化する速度が、防御策を導入する速度を上回る可能性もあります。だからこそ経営層は、予防だけでなく、どれだけ早く検知し、対応し、復旧し、事業への影響を抑えられるかまで考える必要があります。規制の整備を待ってから動く余裕はありません。

例えば医療機関では、ある生成AIツールが調達やセキュリティの要件を満たしているため、組織として利用を承認することがあります。しかし、そのツールを医療従事者が患者情報の要約や臨床上の意思決定の支援に利用する場合、結果の妥当性をどう確認するのか、AIを利用したことをどのように明示するのか、最終的な責任を誰が負うのかが明確でなければ、大きなリスクが残ります。

つまり、調達上の要件を満たしているからといって、すべてのAIユースケースが適切とは限りません。だからこそリーダーは、今の段階から、以下のような明確なガバナンスの仕組みを整える必要があります。

  • AIによる意思決定や結果に対する責任の管理主体を明確にする
  • データガバナンスの基準を定める
  • モデルリスクと透明性を管理する
  • 外部AIプロバイダーを継続的に確認する
  • AIに関する監督を既存のリスク管理に組み込む

サイバーセキュリティ、データガバナンス、AIガバナンスは、もはや別々に管理することはできません。ガバナンスは単にコンプライアンス要件を満たすためではなく、事業への影響、抱えているリスク、そして取り得る対応を経営層が理解し、判断できる状態をつくるためのものです。

データの管理こそ、サイバーレジリエンスの土台

テクノロジーが進化しても、サイバーリスクの大きな要因のひとつは依然としてデータ管理です。多くの組織では、所有者や保存期間が明確でないままデータを蓄積し、重複したデータや事業上の価値を失った情報を抱え続けています。さまざまな企業と話をしていると、「どれだけデータを持っているか」に目を向ける一方で、「なぜ持ち続けるのか」が曖昧なケースも少なくありません。AI活用が進むほど、こうしたデータはガバナンス上の負担やリスクになります。

経営層は、少なくとも次の問いに答えられるようにしなければなりません。

  • なぜこのデータを収集しているのか
  • どのような価値を生み出しているのか
  • 誰が管理主体なのか
  • いつまで保有すべきなのか
  • どのような事業リスクを生むのか

サイバーレジリエンスの向上で成果を上げているのは、必ずしも最高峰のセキュリティツールを持つ組織ではありません。データのライフサイクル全体を通じて、適切に管理された経営資産として扱っている組織です。確かなデータ管理は、リスクを減らし、透明性を高め、AIガバナンスを支えるだけでなく、復旧にも直結します。どの情報が正しい最新版なのか、コピーがどこにあるのか、どの依存関係が不可欠なのか、何を安全に削除できるのかが分からなければ、重要なサービスを確信を持って復旧させることはできません。データガバナンスは、リスク管理であると同時に、レジリエンスを支える能力なのです。

サイバーリスクを、事業の意思決定に組み込む

テクノロジーによる対策は不可欠ですが、組織がサイバーリスクをどれだけ効果的に管理できるかは、企業文化にも大きく左右されます。多くのインシデントは、ベンダーとのやり取り、データ共有、業務プロセスの不備、設定ミス、ガバナンス上の抜けといった日常の業務から生じ、セキュリティ部門の目が届かない場所で発生します。

だからこそ、サイバーレジリエンスを高めるには組織全体で取り組む共同責任が不可欠です。

レジリエンスの高い組織では、重要なデータやシステムに関する意思決定の権限と管理主体を明確にし、調達、事業計画、リスク管理、経営判断にサイバーリスクを組み込んでいます。

特に重要なのが、サプライチェーンです。

多くの組織は、自分たちが考えているほどサプライヤーリスクを把握できていません。直接取引するサプライヤーを評価していても、その先にある海外のサービスプロバイダー、再委託先、テクノロジーベンダー、重要業務を支えるサービスパートナーなどの依存関係まで理解できている企業は多くありません。

こうした見えにくい依存関係は、通常時には表面化しなくても、ひとたび混乱が起きれば、事業継続、セキュリティ、さらにはデータ主権に関わる大きなリスクとなる可能性があります。

だからこそ経営層は、直接の取引先だけでなく、その先まで視野に入れてリスクを捉える必要があります。取引先やパートナー企業との関係においても、リスク管理、モニタリング、報告、インシデント対応について何を求めるのかを明確にしておくことが重要です。

こうしたリスクを管理するには、事業責任者、セキュリティ部門、経営層がビジネスエコシステム全体を見ながら連携する必要があります。サイバーに対する責任は、セキュリティ部門の中だけでも、自社の境界だけでも完結しないのです。

経営層が今、取り組むべき4つのこと

組織は、大きな規制変更や重大なインシデントが起こるのを待つ必要はありません。レジリエンスを高めるためにできることの多くは、実践的で本質的な取り組みです。

1. コンプライアンスから、リスクの議論へ

コンプライアンスを重要な基準として捉えつつも、議論をそこで終わらせないことです。自社がどのようなリスクを抱え、どこまでを許容し、どのリスクを最優先で下げる必要があるのかを経営レベルで議論することが重要です。

2. サイバーリスクを事業影響で捉える

技術指標だけを見るのではなく、「このシステムが停止したら何が起きるのか」を考えます。
業務はどうなるのか。顧客には何が起きるのか。売上や重要サービス、信頼にどのような影響が出るのか。

こうした問いから始めることで、本当に必要な投資の優先順位が見えてきます。

3. 完璧な予防ではなく、復旧を前提にする

サイバーリスクをゼロにすることは現実的ではありません。

だからこそ、「何を止めてはいけないのか」「どれだけ早く異常に気づけるのか」「重要なシステムやデータをどれだけ早く復旧できるのか」を明確にしておく必要があります。

4. サイバーを組織全体の共同責任にする

サイバーリスクは、ITだけでなく、事業部門、データ、AI、サプライヤー、オペレーションまで広がっています。

それぞれを別々に考えるのではなく、組織全体の視点を持ち寄り、意志ある判断をしていくことが、より強いレジリエンスにつながります。

おわりに

AIの活用が加速し、デジタルエコシステムがさらに複雑になるなか、組織は「コンプライアンスを満たせば十分」という思考や「すべてのリスクを排除できる」という幻想を捨て去る必要があります。

Uvance Wayfindersが提示する視点は極めてシンプルです。サイバーレジリエンスとは、究極的には経営の意思とリーダーシップの課題である、ということです。

不確実な時代において成功する組織とは、必ずしも最新・最高峰のセキュリティツールを持つ組織ではありません。自分たちがどのようなリスクを抱えているのかを正しく理解し、どう向き合うのかを主体的に判断し、何か起きたときにも信頼を守りながら立て直せる組織なのです。

出典・参考文献

Uvance Wayfinders
Consulting by Fujitsu

Uvance Wayfindersは、富士通が培ってきた実装・運用の知見と、AI-nativeなコンサルティングを掛け合わせ、構想から定着までを一気通貫で支援します。

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