AIを、人のために。AI倫理研究者 バージニア・ギアラが目指す未来

バージニア・ギアラさんを中心に位置したキービジュアル画像。

Interview article | 2026年10月30日

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信頼できるAIとは、安全性や公平性、透明性などを、利用する人や用途、そこで生じるリスクに応じて設計するAIだ。
AIと人がより良い関係を築くために何が必要なのか。バージニアの歩みとともに、その考えに迫った。

哲学からキャリアをスタートし、政策立案や社会課題の研究を経てAI研究の世界へ。異色ともいえる経験を持つ彼女は、「AIは人の判断を置き換えるものではなく、人の可能性を広げるためのもの」と語る。
信頼できるAIとは何か。そして、AIと人がより良い関係を築くために何が必要なのか。バージニアの歩みとともに、その考えに迫った。

Trust in AIとは?

Trust in AIとは、AIが急速に進化するなか、人が把握し、制御し、責任を持ち、システムや運用、ガバナンスまでのすべてのレイヤーに「信頼」を組み込む考え方です。Explainable(説明可能)、Secure & Ethical(安全・公正)、Sovereign(ソブリン)、Sustainable(持続可能)、Connected(接続)の5つの要素を通じて、人・企業・社会が安心してAIを活用できる未来を目指しています。
本シリーズ「AIの未来を描く人々」では、Trust in AIを支える技術に携わる”人”の原体験や価値観を通して、各技術がどのような課題意識から生まれ、どのような未来を目指しているのかを紹介します。

バージニア出演の動画の様子
バージニア出演の動画の様子

責任あるAIの原則を、社会で使える形へ

2023年に富士通へ加わったバージニア が取り組んでいるのは、責任あるAIの実現である。企業や社会でAI活用が進む一方、「AIは公平なのか」「誰が責任を持つのか」といった課題への関心も高まっている。しかし、重要性が理解されていても、実際の仕組みに落とし込むことは簡単ではない。
AI4People Institute※¹での活動を通じて、バージニアは研究者、政策立案者、企業の専門家とともに、こうした課題に向き合ってきた。そこで培った政策、研究、社会実装の知見は、現在の研究にもつながっている。

現在は富士通研究所(ヨーロッパ)のリサーチディレクターおよびセキュリティサイエンス研究所のグループマネージャーとして、従来のサイバーセキュリティに加え、技術、人、社会が複雑に関わることで生じるリスクと、その予測・管理について研究している。さらに、AIによる偽情報、AIガバナンス、信頼、セキュリティなどを研究する国際コンソーシアム「Frontria※²」も主導している。異なる立場の専門家を結びつけ、複雑な課題を実践的な取り組みへ変えていく姿勢は、彼女のキャリアを通じて一貫している。

「私たちが重視してきたのは、原則を実践につなげることです。」

富士通では、AI倫理影響評価の開発やバイアス低減技術の研究、AIガバナンスツールの開発支援などにも携わってきた。研究成果を社会で活用できる形にすることが、彼女の大きなテーマだ。

※¹ 学術界、グローバル企業、市民社会組織、政府を結びつけ、AIに伴うリスクを検討するとともに、責任あるAIの開発と導入を推進する組織。
※² 研究機関、企業、非営利団体などが参加する国際コンソーシアム。AIによる偽情報、AIガバナンス、信頼性、安全性に関する研究を推進し、社会課題の解決に向けた国際連携を進めている。

バージニアがOECDイベントに登壇している様子
バージニアがOECDイベントに登壇している様子

哲学への興味から始まったキャリア

意外なことに、バージニアはコンピューターサイエンス出身ではない。子どもの頃から関心を持っていたのは、「人はなぜその判断をするのか」「価値観はどのようにつくられるのか」といった問いだった。そうした関心から哲学を学び、その後は政治、経済、科学など幅広い分野を横断して研究を続けた。

「哲学を理論上の議論だけで終わらせず、現実の世界に役立てたいと、ずっと考えていました。」

その思いから公共政策の世界へ進み、英国で政策に関わる中で、AIが児童福祉などにも使われ始めている現状に、期待と同時に課題の多さも実感した。哲学を通じて考えてきた責任や価値観の問題が、AIをめぐる具体的な社会課題として目の前に現れたのだ。

ロンドンで開催されたAIサミットにて、同僚と写っている写真
ロンドンで開催されたAIサミットでの写真
スペインで開催されたFANテクノロジーサミットの様子
スペインで開催されたFANテクノロジーサミットの様子

「信頼できるAI」に一つの正解はない

イタリア、オランダ、英国、米国で学び、働いてきた経験から、バージニアは、AIへの信頼は技術だけで決まるものではないと考えている。文化や公共政策、社会がこれまでAIとどのように関わってきたかによっても、人々がAIに寄せる信頼や不安は変わるからだ。

「信頼を、チェックリストのように扱うことはできません」

重要インフラを守るAIであれば、セキュリティや障害への強さが重要になる。一方、採用や公共サービスに利用されるAIでは、公平性やバイアスの排除が求められる。判断の理由を説明できることが最も重要な場合もある。だからこそ、誰が利用し、誰に影響を与え、どのようなリスクが生じるのかを理解し、その用途に合った仕組みを設計段階から組み込む必要がある。バージニアは、AIの用途やリスクに応じた仕組みを設計段階から組み込む考え方を「Trust by Design」と呼んでいる。

AI倫理・AIガバナンスの研究成果を社会へ届ける

バージニアが特に印象深い成果として挙げるのが、富士通の責任あるAI研究を実際のサービスへ展開できたことだ。富士通は、Fujitsu Kozuchi※³で提供していた5つのAI Trust技術を、イタリアのスタートアップAKOS AIにライセンス供与した。現在、その技術は企業向けAIガバナンスプラットフォーム「AKOS HUB」の基盤として活用されている。AKOS HUBは、AIリスクの分類、EU AI Actへの対応、倫理的影響の評価、AIのライフサイクル全体におけるバイアスの発見と軽減を支援する。

「自分たちの技術を市場へ届け、ほかの人々にも使ってもらえるようになりました」とバージニアは語る。公平性や説明責任といった原則が、AIの開発や導入を支える具体的なツールになったことに、大きな意義を感じている。研究成果を研究室や論文の中だけで終わらせず、企業や社会が利用できる形にする。それこそが、バージニアが目指してきた「原則を実践につなげる」取り組みだ。

※³ 生成AIから予測分析、AIエージェント、さらにはロボットと連携するフィジカルAIまで、最新テクノロジーを結集したAIプラットフォーム。

バージニアとAKOS HUBの共同創設者のスリーショット
バージニアとAKOS HUBの共同創設者の写真

AIは人を置き換えるためのものではない

バージニアがAIと出会ったのは、哲学とデータ駆動型科学に取り組んでいた10年以上前のことだ。現在のAIの進化と普及の速さは、当時の想像を超えているという。一方で、人々がAIを十分に理解しないまま使い、過度に信頼することには懸念もある。AIは、もっともらしく見えても誤った情報を生成する可能性があり、セキュリティ上の弱点や、自動化された出力への過度な依存を招くこともある。
特に注意が必要なのは、チャットボットなどを人間のように考えたり理解したりする存在として捉えることだ。必要以上の信頼を与えないためにも、AIにどのような役割を担わせるのかを明確にしなければならない。

バージニアは、AIを拒絶するのではなく、人の能力を広げるために活用しながら、判断や意思決定の責任は人が持ち続けるべきだと考えている。そして、AIが広げられるのは、一人ひとりの能力だけではない。複雑な社会課題を理解し、新しい解決策を見いだす力もまた、AIによって支えることができる。

「考えるべきなのは、AIに仕事を置き換えさせる方法ではありません。AIによって人の力をどう引き出せるかです。」

シリコンバレーで開催されたFujitsu ActivateNow Technology Summitにおいて、AIソリューションを紹介する登壇者
シリコンバレーで開催されたFujitsu ActivateNow Technology Summitにおいて、AIソリューションを紹介する登壇者

人の可能性を広げるAIを目指して

バージニアが考える「人の可能性を広げるAI」は、日々の仕事を支援するものだけではない。研究者や企業、社会が複雑な課題をより深く理解し、新たな解決策を見いだすための力にもなり得る。
その一例が、海洋をデジタル空間上に再現する「海洋デジタルツイン」の研究だ。環境の変化を分析し、気候変動への対応を考えるための新たな手段として、AIの活用を進めている。また、偽情報への対策や、AIシステムの安全性とセキュリティも、今後の重要な研究テーマだ。

こうした可能性を現実のものにするには、AIの進化を促すだけでなく、人が安心して利用できるための信頼を、最初から技術に組み込む必要がある。富士通はTrust in AIを、「説明可能」「安全・公正」「ソブリン」「接続」「持続可能」という5つの要素で捉えている。その中でもバージニアの研究は、責任あるAI、セキュリティ、偽情報対策が交わる「安全・公正」の領域と深く結びついている。
AIにはリスクもある。しかし、実践的な保護策や標準化、適切な規制を整えることで、社会をより良くする力にもなり得る。

「AIによって、人の可能性を広げたい。」

哲学から政策、研究、そして社会実装へと歩んできたバージニアが一貫して問い続けているのは、AIが人に代わって判断する未来ではなく、AIによって人がより大きな力を発揮できる未来だ。

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