「なぜ」への追求が、AIの知性を解き放つ。稲岡 慶彦がつなぐ、AI時代の「信頼ある接続」

Interview article | 2026年10月30日
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AI技術の進化と普及の裏側で、多くの企業が新たな限界に直面し始めている。AIの徹底活用に伴う「コスト超過」、そしてAIの計算や応答にかかる時間が遅れる「遅延」だ。さらに、現実世界で自律的に動くフィジカルAIを安全かつ正確に動かすには、リアルタイムでデータを行き来させつつ、異なるAIやシステム同士をお互いに継ぎ目なく連動しあう環境が欠かせない。
こうした課題に、物理科学とビジネスの知見を掛け合わせて答えを見出そうとするのが富士通グループの1Finityでモバイルプロダクトビジネスをけん引する、稲岡 慶彦だ。彼のミッションは明快である。無数のAIが稼働する未来において、AIをより人間の近くへ、そして現場の最前線(エッジ)へと実装することだ。世界の「なぜ」を追求し続けてきた男が、「信頼できるAI」のインフラとなる「接続」の確立を目指す。
Trust in AIとは?
Trust in AIとは、AIが急速に進化するなか、人が把握し、制御し、責任を持ち、システムや運用、ガバナンスまでのすべてのレイヤーに「信頼」を組み込む考え方です。Explainable(説明可能)、Secure & Ethical(安全・公正)、Sovereign(ソブリン)、Sustainable(持続可能)、Connected(接続)の5つの要素を通じて、人・企業・社会が安心してAIを活用できる未来を目指しています。
本シリーズ「AIの未来を描く人々」では、Trust in AIを支える技術に携わる”人”の原体験や価値観を通して、各技術がどのような課題意識から生まれ、どのような未来を目指しているのかを紹介します。

実験のち、社会実装を目指して
物事の表面(What)や方法(How)の前に、常に「なぜ(Why)」という原理原則を大切にする。稲岡の思考の軸は幼少期からぶれない。
生まれも育ちも兵庫県。4つ上の兄、1つ上の姉を持つ3人きょうだいの末っ子として生まれた。少年時代はサッカーに夢中になり、RPGの世界で大冒険を楽しんだ。算数はどちらかというと嫌いだが、理科は大好きな少年はやがて県外に飛び出し、大学と大学院で物理科学を専攻する。
物理学の世界は、計算で解き明かす「理論」と、現象を証明する「実験」に分かれる。稲岡は迷いなく実験系を選んだ。「理論を計算するだけでなく、実験をやり、その結果をどう証明するか、いかに社会実装するかを自然と考えていた」。納得するまで原理原則を追求する考え方は、研究室時代に養われた。アカデミックの知見を社会実装に役立てたい。そんな思いが次第に膨らみ、2008年、富士通に入社した。
尽きない好奇心が大きな成果、そして米国へ

最初に配属されたのは畑違いのネットワーク部門のSEだった。戸惑いはなかったか、との問いに稲岡はひょうひょうと答える。「サーバー、CPU、メモリ、ストレージ。一見複雑なシステムも、要素に因数分解していけばそれぞれの役割がある。複数のサーバーやスイッチでエコシステムは成り立っており、なぜこれが必要なのかを突き詰めるアプローチは全く同じだった」。尽きない好奇心はやがて大きな成果となって現れた。
2012年、稲岡が挑んでいたのは膨大な通信データに対する大規模データ処理システムの構築だ。当時、クライアントは膨大な情報の検索に、表形式でデータを整理する従来の「リレーショナルデータベース(RDB)」を使っていた。稲岡らのチームは最新技術を応用し、データを複数サーバーに分散して同時に処理するシステムを構築。30分かかっていた検索時間を5秒以下へと劇的に短縮させた。
現場は大いに沸いた。しかし、稲岡の胸中にある疑問が残った。「従来の方式はどのように処理されたのかが分かりやすい。一方、大規模分散データ処理は、スピードこそ速いが、どんなロジックでその結果を導いたのかを十分に理解できていなかった。慣れていなかったこともあるが、当時の私にとっては少し奇妙だった」。この経験が、インフラに対する彼の思想の土台となる。
「蛇口をひねれば水が出る。だけど水が出ること、水の品質を私たちは疑わない。それが、AIの世界ではロジックが不透明なままだと信頼の欠如になってしまう。そうならないインフラをつくることが大切だ」
そんな思いを胸に2019年、米国テキサス州ダラスへと渡る。最初の3か月は英語でのコミュニケーションを避けるようにこっそりと生活した。「これでは来た意味がない」と一念発起し、自ら話しかけ、共に飲み食い、遊ぶように。手がけていた案件を途中で放り出すわけにもいかず、1年間の研修を経て2年目から正式に駐在員に。いつしか自信を持ってプレゼンテーションができるようになっていた。
気づけば米国在住は7年間に及んでいた。ダラスで培ったグローバルな視座とタフな交渉力、素養だった好奇心と探求心を一段と膨らませて2026年春、帰国した。
AI-native vRANで、AIとネットワークを融合する
稲岡がいま、取り組んでいるのはAIとネットワークを融合させる「AI-native vRAN」の北米での社会実装だ。
AI-native vRANとはどのようなイノベーションなのか。一言で言えば、これまでは人のための通信インフラに過ぎなかった通信基地局を、あらゆるAIやフィジカルAIへ無線ネットワークを提供できる「AI処理工場(計算プラットフォーム)」と変え、AIやAIを活用する人と企業を支える技術だ。
従来の基地局は、集めた電波をデジタル信号に変換したり、全体をコントロールしてインターネット網に橋渡ししたりする役割を、メーカーごとにカスタマイズした専用のハードウェアに担わせていた。AI-native vRANは専用ハードの代わりに、汎用サーバーと画像処理半導体(GPU)を使いソフトウェアとして動かすことでAIとRANの融合を目指している。
基地局そのものが強力で汎用的な計算能力を持つことで、本来貴重であるGPUのリソースを、効率的に割り当て、稼働率を向上し、設備投資に対する回収も可能となる。クラウドに送る手前のエッジでデータ処理をするため、超低遅延のエッジAIサービスを提供できる。さらに、AIが自律的に省電力化や通信速度の向上などを考えて行動する。
最前線で動くAIアプリケーションと通信システムをシームレスに統合し、限られた計算リソースと通信リソースを「通信」と「AI」の間でその都度、最適に配分する。精緻な管理と調整を実現して初めて、AI-native vRANは次世代のネットワークエコシステムとして真価を発揮する。その先にあるのは物理世界とネットワークの融合だ。
例えば、工場や倉庫内を見回る自動ロボット。通常時は通信量を無駄に消費しないよう、粗くて軽い画像データを転送する。火災や侵入者などの異常を発見した瞬間、ネットワーク側が自動で設定を切り替え、大容量の高品質な映像を即座に転送できる帯域を優先して割り当てる。クリアな映像をもとに、エッジ側のAIが瞬時に状況を判断し、的確な指示を現場に出す。「フィジカルAI時代では何を優先するかをネットワーク自身が判断して処理していかないと通信は一瞬で渋滞してしまう。私たちが提供するのはただ電波を通すだけでなく、自ら交通整理ができる『インテリジェンスを持ったネットワーク』だ」と稲岡は語る。

フィジカルAI時代の「信頼ある接続」の確立に挑む
AI-native vRANの社会実装は、通信キャリアやアプリケーションベンダーなど多くの国内外のステークホルダーと協調しながら進めなければならない。技術者でありながらフロントとして自ら交渉や仕様調整をこなす稲岡はまさにエコシステムの推進役だ。あらゆる声に耳を傾け、知見を集め、最適解を模索し続けている。
稲岡の挑戦は「Trust in AI」の5要素のうち、「接続」という一翼を担う。ここで言う接続とは単にネットワークをつなぐことではない。無数のAIが同時に稼働しても、不整合や処理の遅滞を極限まで抑え込み、異なるAIやシステム同士がシームレスに連動し合える状態を指す。インテリジェンスを持つネットワークを提供し、フィジカルAIを含むAI技術が場所や通信の制約から解き放たれ、どこでも自在に機能できるようにすることこそが、信頼の基盤になる。
「AIはあくまで人間のパートナー。だからこそ、富士通がコンピューティングリソースからネットワーク、そして大規模言語モデル(LLM)までを全て理解し、構築し、一貫した信頼を届けることに意味がある。私たちが届けるのは、お客さまが安心してビジネスの未来を託せるインフラだ」
兄と共にサッカーボールを追いかけた少年時代。実験装置の前で物理の原理原則と向き合い続けた学生時代。テキサスの空の下で世界の通信インフラを塗り替えようともがいた駐在員時代。過去も現在も、「なぜ」「なんのために」を追求し続けてきた男が、決して途切れない信頼の接続を未来へと紡いでいく。


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