ネットポジティブとは?社会貢献と企業成長を両立する最新ビジネス戦略

Article | 2025年8月25日
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ネットポジティブとは、企業が社会や環境に与える影響を積極的にプラスに転じようとする新しいビジネスアプローチです。本記事では、ネットゼロとの違いや、企業がネットポジティブを実現するための5つのステップ、事例を交えて詳しく解説します。
企業の社会的責任(CSR)やESG投資が注目される中、「うちの会社は、社会のために何ができるだろうか?」と考える経営者が増えています。今、企業の存在意義は、単なる利益追求を超え、社会や環境への貢献が問われる時代に突入しています。
顧客からの共感、従業員のエンゲージメント、投資家の信頼といった「つながり」が、企業の競争力を左右する重要な要素となっています。そして、そのつながりを深める鍵となるのが、「ネットポジティブ(Net Positive)」──企業が社会や環境にどれだけプラスの影響を与えているかという考え方です。
これは、ネットゼロなどのように単に環境負荷や社会的な影響を抑えるだけでなく、積極的に社会や環境にプラスの価値をもたらすことを目指すビジネスアプローチ。ネットポジティブな企業は、持続可能性を高め、人々の暮らしに貢献することで、信頼を築き、顧客ロイヤルティを向上させ、イノベーションを加速させます。その結果、競争力が高まり、長期的な成長を実現できるのです。
この考え方を強く提唱するのが、元ユニリーバCEOのポール・ポールマン氏です。彼は企業が社会に与える影響を真剣に捉え、持続可能な経営こそが利益を生み出すと主張します。「明確な目的を持ち、長期的なビジョンとステークホルダーへの配慮を重視する企業は、より高い業績を上げる」という彼の言葉は、ネットポジティブが単なる理想ではなく、ビジネスの成果に直結することを示唆しています。
ネットポジティブ経営のメリットとは?
ネットポジティブは、企業の成長を後押しする戦略として、その有効性がますます明確になっています。富士通はEconomist Impactと提携し、17か国・1,800名以上の経営幹部を対象に、各社のネットポジティブ成熟度を調査しました。その結果、ネットポジティブに取り組む企業は、収益・利益目標の達成、投資家の信頼獲得、そして規制の変化への対応力において優れていることが判明しました。また、消費者ニーズの変化や気候リスクといった外部環境の変化にも強く、競争力を維持できることも示されています。
業界別の分析では、小売業界が最も先行しており、「価値観に共感できる企業の商品を選びたい」と考える消費者が増えていることも明らかになりました。

この傾向は、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資の隆盛からも明らかです。例えば、S&P 500のESG評価が高い企業を選出したS&P 500スコアード & スクリーン指数は、2019年1月28日から2025年7月9日までの期間で、S&P 500指数を約11%も上回るパフォーマンスを記録しています。

しかし、ネットポジティブを本格的に実践している企業は、まだ多くありません。ネットポジティブインデックスの平均スコアは100点満点中55点にとどまり、どの業界も真の「リーダー」と呼べるレベルには達していません。多くの企業は、法規制を最低限満たすことに終始し、ネットポジティブを新たなビジネスチャンスとして十分に捉えられていないのが現状です。
だからこそ、今がチャンスなのです。ネットポジティブの分野でリーダーとなる機会は、全ての企業に開かれています。これは単なる社会貢献ではなく、企業の成長戦略そのもの。積極的に取り組む企業こそが、今後の市場で優位に立てるでしょう。
「ネットポジティブ」と「ネットゼロ」との違い
近年、日本でも「ネットゼロ」という言葉をよく耳にするようになりました。ネットゼロとは、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることを目指す概念です。これは企業が環境負荷を最小限に抑えるための重要な取り組みですが、ネットポジティブはそこからさらに一歩進んだ考え方です。
• ネットゼロ:環境・社会への「悪影響をゼロ」にする(例:排出量削減、廃棄物削減)
• ネットポジティブ:悪影響をゼロにするだけでなく、「良い影響」 「プラスの価値」を増やす(例:再生可能エネルギーを地域に供給、従業員の福祉向上)
つまり、ネットポジティブとは「企業が環境や社会に対してより良い影響を与えることで、経済的にも成功を収める」という発想なのです。この「悪影響の最小化」から「積極的な価値の創出」への転換こそが、ネットポジティブの真髄であり、企業が持続的に成長し、競争力を高めるための鍵となります。
ネットポジティブを実現するための5つのステップ
では、ネットポジティブを目指すには、何から取り組めばよいのでしょうか?
すでにサステナビリティの取り組みを進めている企業も多いと思いますが、ネットポジティブの実現には、考え方やアプローチをもう一段階進化させる必要があります。ここでは、ネットポジティブな経営への移行を成功させるための5つのポイントを紹介します。
1. 削減から貢献へ – 影響を最小化するだけでなく、価値を生み出す
従来のサステナビリティの取り組みは、排出量や廃棄物の削減、エネルギー効率の最適化といった「悪影響を減らすこと」に重点が置かれていました。しかし、ネットポジティブの実現には、社会や環境にプラスの影響を生み出す方策を積極的に考えることが重要になります。
例えば、シュナイダーエレクトリックは富士通と協業し、エネルギーシステムの最適化に取り組みました。その結果、エネルギー効率の向上だけでなく、顧客のカーボンフットプリント削減にも貢献し、スマートシティの実現や地域社会の生活向上につながりました。
多くの企業は、環境負荷の低減目標は掲げているものの、積極的な貢献についてはまだ十分な目標設定ができていません。このバランスを変えるためには、「企業としてどのようなプラスの影響を生み出せるか」を常に問い続ける姿勢が求められます。
アクション:自社が提供する製品・サービスを通じて、どのような社会的な課題解決に貢献できるかを洗い出し、具体的な目標を設定しましょう。
2. コストから価値創造へ – 持続可能性を成長の機会に変える
サステナビリティの取り組みは、コストではなく、新たな価値を生み出すチャンスと捉えるべきです。環境や社会に貢献することで、新たな収益の創出、顧客ロイヤルティの向上、さらには業務効率の改善といったメリットを企業にもたらします。
例えば、丸亀製麺を展開するトリドールホールディングスは、AIを活用した需要予測システムを導入し、食品ロスの削減やエネルギー消費の最適化に取り組んでいます。このシステムにより、来店客数を高精度で予測し、食材の仕込み量や発注数を適切に調整することで、廃棄食材を削減しながら経営の効率化を図り、環境負荷の低減にも貢献しています。さらに、電力や水の使用量をリアルタイムで調整することで、エネルギーコストを削減し、持続可能な経営の実現を目指しています。
消費者の購買行動も、この変化を裏付けています。マッキンゼーとニールセンIQの調査によると、2017年から2022年の間で、ESGを訴求する消費財の成長率は28%と、訴求しない製品の20%を大きく上回っています。
このように、サステナビリティを「負担」ではなく「成長の機会」と捉え、ネットポジティブな視点を持つことで、環境負荷の軽減だけでなく、企業の成長と競争力の強化にもつながるのです。
アクション:サステナビリティを「コスト」ではなく「投資」と捉え、新たなビジネスモデルの構築や、既存事業の改善に活かしましょう。
3. 個別責任からバリューチェーン全体の責任へ – 企業の影響を拡張する
ネットポジティブを実現するためには、自社の取り組みにとどまらず、バリューチェーン全体での責任を考えることが不可欠です。
企業活動の影響は、自社だけでなく、サプライヤーや顧客の活動にも及びます。持続可能な社会を目指すには、バリューチェーン全体を通じて、より広範な変革を推進する視点が求められます。

しかし、サプライチェーンの効率の悪さや各国の規制の違いなど、変革には多くの課題が伴います。これらの課題に対応するには、AIを活用したデータ分析など、革新的な手法を取り入れることも有効です。
アクション:サプライヤーとの連携を強化し、環境負荷の低い素材の調達や、倫理的な労働環境の実現を目指しましょう。
4. 短期目標から長期ビジョンへ – 持続的な競争力を構築
短期的な利益にとらわれず、長期的な視点でサステナビリティを捉えることが、企業の競争力を高める上で重要です。
市場環境の変化、規制の強化、ステークホルダーの期待の変化に対応するためには、サステナビリティを短期的なコストではなく、長期的な競争力の源泉と捉えることが重要です。
ポールマン氏は、「企業の価値創造の多くは、四半期ごとの業績ではなく、5年以上のスパンで生まれる」と語っています。短期的な成果に囚われるのではなく、長期的なサステナビリティを重視することで、企業のレジリエンス(回復力)を高め、市場での優位性を維持できるようになります。
アクション:長期的な視点に立ち、将来の市場ニーズや社会の変化を予測しながら、サステナビリティ戦略を策定しましょう。
5. 単独の取り組みからステークホルダーとの共創へ – より大きな変革を生む
ネットポジティブを実現するためには、企業単独の取り組みだけでは限界があります。
企業には、地域社会、政府、バリューチェーンのパートナーと協力し、共通の目標を設定しながら解決策を共創していくことが求められます。このようなアプローチは、企業のサステナビリティを高めるだけでなく、より大きな社会的インパクトを生み出すことにもつながります。
従業員のエンゲージメントも、サステナビリティと密接に関わっています。オックスフォード大学とハーバード大学の分析によると、従業員のウェルビーイングスコアが高い企業ほど、利益率、資産利益率、企業価値といった企業業績が高い傾向にあることが示されています。
出典:University of Oxford WRC
ステークホルダーとの協力関係を深めることで、サステナビリティの取り組みが、一部の企業や地域だけでなく、より包括的で効果的なものへと発展していきます。この「共創型」のアプローチこそが、ネットポジティブを推進する鍵となるのです。
アクション:地域社会との連携を強化し、地域課題の解決に貢献する活動を積極的に展開しましょう。
テクノロジーでネットポジティブを加速する
ネットポジティブを本格的に実現するためには、イノベーションが不可欠です。そして、その鍵を握るのは、AI、量子コンピューティング、クラウドプラットフォームといった先進技術。これらを活用することで、廃棄物の削減、プロセスの効率化、環境・社会へのポジティブな影響の拡大を、より精度高く実現することができます。
例えば、AIを活用したデータ分析により、サプライチェーンの非効率なポイントを特定し、排出量の削減やコストの最適化が可能になります。また、量子コンピューティングは持続可能な素材の研究開発を加速し、クラウド技術はバリューチェーン全体の透明性の向上や協力体制の強化に貢献します。
こうしたテクノロジーを活用する企業は、業界の変革をリードしながら、社会と環境に対して長期的な価値を提供する存在となるでしょう。
ネットポジティブへの第一歩を踏み出そう
さて、あなたの企業は今、ネットポジティブの実現に向けたステップのどの位置にいるでしょうか?そして、次はどんなステップを踏めるでしょうか?
ネットポジティブ評価ツールを活用すれば、業界内での自社の立ち位置を把握し、今後の取り組みを具体的に検討するための指針を得ることができます。データ収集能力の強化、基準の設定、パートナーシップの構築など、ネットポジティブを推進するための実践的なアクションが見えてくるはずです。
ネットポジティブは、一時的なトレンドではありません。より良い社会を築くことこそが、より強い企業になるための戦略なのです。そして、その中心にあるのはやはり「人」です。やりがいのある仕事を求める従業員、責任ある経営に期待する地域社会、そして価値観を共有する企業を支持する顧客。こうしたステークホルダーとともに取り組むことが、企業の持続的な成長につながります。
ポールマン氏は、「世界に貢献する企業は、世界からも支持される」と述べています。企業が社会や環境の課題を生み出すのではなく、解決の一翼を担うことで、より強固な信頼と競争力を築くことができます。
今こそ未来を見据え、「積極的な貢献」へとシフトする時です。ネットポジティブな未来に向け、ともに企業の成長と持続可能な社会の実現を両立させる第一歩を踏み出しましょう。
ネットポジティブに向けたアクションチェックリスト
・サステナビリティ目標の設定
あなたの組織では、環境(例:ネットゼロ、水使用削減)や従業員(例:男女平等、生活賃金)などの分野で、今後5〜10年を見据えた持続可能性の目標を設定していますか?
・サステナビリティへの具体的な取り組み
社会・環境への影響を改善するために、環境負荷の低減(例:エネルギー効率化)や透明性の確保(例:贈収賄防止)などの取り組みをバリューチェーン全体で行っていますか?
・テクノロジー・データの活用
過去2年間で、廃棄物やGHG排出量削減などの分野でテクノロジーを活用したり、導入時に環境負荷などの要素を評価に加えるなど、サステナビリティ達成に向けたデータ活用を行いましたか?
より詳しく自社のネットポジティブ成熟度を評価したい場合は、「ネットポジティブ評価ツール」をお試しください。
出典

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