ドラッカー・フォーラム創設者の視点 AI時代を生き抜く経営とは

Article | 2025年9月24日
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変化が著しい現実に対処するために、経営者はこれまでのマネジメント手法を根本から問い直す必要があるーー。「経営学の父」と称されるドラッカーの思想を基に、活発な提言を行うウィーンのグローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラムが、既存のマネジメント手法の見直しを呼びかけています。
これは同フォーラムが2023年に提唱した「Next Management(ネクストマネジメント)」というイニシアティブで、世界から大きな反響を呼んでいます。
フォーラムの創設者兼プレジデントのRichard Straub(リチャード・ストラウブ)氏が、この度来日したのを機に、富士通はインタビューを行いました。Straub氏から見た従来のマネジメントの限界と、これからの時代に求められるマネジメント像について語っていただきました。
※所属・役職は取材時点のものです。
企業は互いにつながった樹木であり、経営者は庭師である
「ドラッカーは常々、マネジメントをビジネスに限定して考えるべきではないと話していました。責任を矮小化してしまうからです。現代社会において企業や組織は、地中で互いにつながっている木のようなものです。社会とは、様々な木が生い茂る大きな庭のようなもの。いまの時代の経営者に求められるのは、良い庭師になることです」
東京で富士通のインタビューに応えたRichard Straub(リチャード・ストラウブ)氏は、いまの時代の経営者のあるべき姿を「庭師」に喩えました。そして、長期的な視点を持って1本の木(=個社)だけではなく庭全体(=エコシステム)を育てていくことが重要だと述べました。
Straub氏は2009年、経営学者ピーター・ドラッカーの業績を記念してGlobal Peter Drucker Forum(グローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラム)を立ち上げました。毎年、ウィーンで開催されるカンファレンスには、世界中から著名な経営学者やビジネスリーダーが集まり、より良い経営について自由で闊達な議論を行っています。この数年は、紛争などの地政学的リスクの変化や人工知能(AI)の進化など、ビジネスと社会の急速な変化と不確実性の高まりへの対応をめぐり多くの問題が提起されているということです。

しかし、巨大な階層型組織でトップダウンの指揮を行う従来の経営のやり方では、現在直面する複合的な危機に対処することはもはや不可能です。これに対し、ドラッカー・フォーラムは21世紀にふさわしい新しい経営のフレームワークを形作るオープンで協働的なプロジェクト、「Next Management」イニシアティブを2023年に発表しました。2028年のドラッカー・フォーラム20周年までの5年間で、世界の経営学者とビジネスリーダーによる集中的な議論や研究を通じて成熟させる計画です。
「世界はいま、ここで話をする間にも変化しています。これまでの方法論では対応しきれないのです」とStraub氏は語ります。
「この200年間、蒸気機関の発明を含む産業革命、それにIT革命などいくつもの変革がありました。AIが起こす変化について、まだ正確な評価はできません。しかし、世界を根底から変えた過去の革命と、同規模となる可能性もあると考えています」
そして特に大企業が機能不全を起こしている要因として、「官僚主義的な経営」があると指摘しました。
「我々のような小さな組織にとって、大企業との請求書のやり取りは、まさに悪夢です」とStraub氏。
「その部署は具体的に何を決定できるのか、どれくらいの自由裁量が与えられているのか、顧客に一番近いのは誰なのかーー。組織はグローバル化し大きくなりました。すると意思決定を行うマネジメントのレイヤーが多層化し、どんどん複雑になりました。ITシステムを導入し便利になるはずが、官僚主義はますます強まっています」
ドラッカー・フォーラムは、イニシアティブの第一歩として、指針となる「7つの原則」を発表しました。
Next Management 7つの原則
1. 効率性よりもイノベーション Innovation, more than efficiency
2. 個社ではなくエコシステム Ecosystems, more than single institutions
3. 短期より長期的な視野 Long-term, more than short-term focus
4. 自動化よりも人の能力拡張 Human augmentation, more than automation
5. サイエンスよりもアートとしてのマネジメント Management as an art, more than a science
6. 理念よりも現実重視 Reality grounded, more than ideology
7. 革命ではなく自己変革能力 Self-renewal capacity of institutions, not revolution
「これらの原則は、企業に何をせよと指示する処方箋ではありません」とStraub氏は注意を呼びかけました。
「ドラッカーは、正しい『答え』を探すより、正しい『問い』の追求が重要だと考えていました。これらの原則は、企業が置かれたそれぞれの環境や課題に応じて、数年かけて経営者一人ひとりに深く考え抜いて自問自答してほしい重要な『問い』の領域を明らかにするものなのです」
日本の製造業こそマネジメント変革が必要
ドラッカーは自著が日本でベストセラーになったことを大いに喜ぶとともに、存命中はたびたび来日し、ソニー創業者の盛田昭夫氏やオムロン創業者の立石一真氏ら多くの経営者と交流を深めました。Straub氏も来日を機に、多くの日本企業の経営者と意見交換を行うことができたと語ります。
「日本企業、特に製造業が置かれている状況は、ドイツに似ています。80年、90年、100年続く伝統ある企業が数多くあります。製造業は様々なプロダクトを開発し、私たちの社会の基盤をつくってきました。日本はこうした産業が強いことを誇りに思うべきです」
しかし、製造業は物理的な製造ラインなどを抱えるため、デジタル化といった変化に対応するスピードは速くはないとStraub氏は指摘します。そして、マネジメント変革の必要性とともに、大きな成長の機会があることを強調しました。
「ソフトウエアを書き換えるのと異なり、工場を一晩で変えることはできません。サプライチェーンは多方向に広がっています。10年、15年の長期的な視野で投資をする必要があります。それこそがマネジメントの仕事です。成功している最高経営責任者(CEO)は現状に満足せず、いまこそ次の時代のマネジメントを求めて自分自身に立ち向かわねばならないと思います」
AI時代の知識労働
また、Straub氏は、マネジメントに関わる人は、どのような急激な変化の中でも、変わらないものがあることを忘れてはならないと語ります。
「それは人間性です」とStraub氏は強調します。「どの歴史家や哲学者に訊ねても、愛したり、憎んだり、何かを求めたりする人の性(さが)というのは、何百年も変わっていないと言うでしょう」
「ドラッカーが考え続けていたテーマのひとつに、人が職場において仕事や環境に適応できないとき、精神的に不安になるという問題がありました。変化にさらされるということは、不安定化するということです。AIによって職を奪われることを望む人はいないでしょう。自分や家族のために安定を求めるのは、人の自然な欲求なのです」
では、経営者はどのようにこの急激な変化の時代に対応すればよいのでしょうか。Straub氏は、ドラッカーの有名な言葉にヒントがあると言います。
ドラッカーは、「マネジメントの役割とは、働く人が共同して成果を上げるようにし、強みを発揮させ、弱みを無意味にすることだ」(*1)と述べています。そして、21世紀における経営の最大の課題は知識労働者の生産性の向上にあると考えていました。
「知識労働には、ルーティン的な知識労働とクリエイティブな知識労働の2種類があります」とStraub氏。「残念ながら、近い将来、データを収集して分析するといったルーティン的知識労働が、AIにとってかわられるのは避けられないでしょう。これからのマネジメントに重要なことは、働く人にただ感じよく接していればいいというものではありません。コントロール不可能で、不安定な未来がやってくる現実を、彼らが理解できるように手助けすることなのです」
そしてStraub氏は、クリエイティブな仕事は価値を増していくとして、業務に占める割合を増やす必要があるだろうと述べました。
さらに、企業1社だけではなく、社会との相互関係の中で自企業を成長させる必要性を強調しました。
「経営者にとって、これまでは自分の会社だけをコントロールすれば事が足りました。しかしいま経営者が相手にしなければならないのは、企業が相互に関係しあうエコシステムです。コントロールは不可能です。経営者の役割とは、エコシステムの庭師として、全体のシステムをうまく機能させる方法を考えることなのです」。Straub氏は、長期的な視野に立って、エコシステムを通じて顧客や社会の価値を創出する重要性を語りました。
新たなリーダーシップを目指して
ドラッカー・フォーラムはNext Managementイニシアティブ2年目にあたる2025年のテーマを「次代のリーダーシップ:全員一丸となって進め」と掲げています。11月にはウィーンで恒例のフォーラムが開催されます。
このテーマについて、Straub氏は「このように変化が激しい時代には、全ての人が役割を持ち、力を合わせることが必要です」と話します。「Next Managementイニシアティブとは、互いの経験を共有し、学び合うことができるプロセスです。従来の経営のあり方や自分自身に、問いを投げかけることが重要です。多くの企業や組織に私たちのイニシアティブに参加いただき、変革にむけ大きなうねりをつくっていきたいと思っています」

富士通は2018年から、グローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラムにパートナー企業として協賛しています。企業は社会課題の解決に貢献しなければならないというドラッカーの理念に共感し、この野心的なNext Management イニシアティブの議論に中心的な役割で参画しています。
当社は2025年6月に創業90周年を迎え、「問いを立てるチカラが必要だ」というメッセージを発信しました。Next Managementイニシアティブを深化させるには、経営者一人ひとりが変革の必要性を自身に問い続けることが欠かせません。当社は今後もテクノロジーによる持続可能な社会の実現を目指し、皆さまとともに変革に挑戦してまいります。
(*1)Peter Drucker ”The New Realities,” 1989, Harper & Row (1994, HarperBusiness)
監修=Ridgelinez株式会社 シニアアドバイザー 高重 吉邦(Global Peter Drucker Forumアンバサダー)
リチャード・ストラウブ
Richard Straub
グローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラム 創設者 兼 プレジデント
ストラウブ氏は、IBMで要職を歴任した後、2009年に妻のイルゼとともにウィーンにおいてグローバル・ピーター・ドラッカー・フォーラムを立ち上げた。現在、同フォーラムは世界有数のマネジメント会議として世界的に知られている。2019年、同フォーラムの功績が認められ、オーストリアの名誉大勲章を受賞。

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