データ&AIが拓くマテリアルズ・インフォマティクスの新地平
Article | 2025年10月29日
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一人の店主の長年の経験、日々の試行錯誤、研ぎ澄まされた勘によって生み出された極上のラーメン。しかし、レシピを記録に残すことも、味を正確に再現することもできなかった。気温や材料のわずかな違い、寸胴をかき混ぜる力加減など、数値化できない無数の要素が完璧に噛み合った「一期一会の奇跡」だったからだ。奇跡のラーメンは、たった一度きりの幻に終わった――。
この再現できない奇跡のラーメンというフィクションは、私たちの社会を支える「材料」の開発現場で繰り返されてきた現実と驚くほど重なります。
熟練研究者の勘と経験で生まれた特定の配合やプロセス(=レシピ)はものづくりの強みである一方、全ての企業が乗り越えるべき課題でもあります。なぜなら、仮にレシピがうまくいっても、背後にある因果関係が「ブラックボックス」のままだと、再現や予測は困難を極めるからです。不確実性の時代において企業が持続的な成長を実現するには、勘と経験による一時の成功からいち早く脱却し、材料と機能の間に複雑に入り組む因果を客観的な「原理」として解き明かす、抜本的な変革を実践しなければなりません。
こうした変革を担うのが「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」です。MIは単なるツールの導入ではありません。材料開発の思考や行動を「レシピ探求型」から「原理駆動型」へとシフトする。客観的な法則と予測に基づく、確かなものづくりの地平を切り拓く。そうしたパラダイム転換そのものです。
MIを支えるのは「データ基盤」と「人工知能(AI)技術」です。また、これらの性能を拡張するのが、スーパーコンピュータを含む「ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)」であり、近い未来の変革の実践解となる「量子コンピュータ」です。一つひとつを個別に取り入れるのではなく、複数のテクノロジーを最適に連携させることでMIの推進力は一段と高まります。
MIがもたらす果実は単なるデータ分析や検証の正確性、効率性の向上にとどまりません。自律的な実験計画の策定や実行、ロボティクスによる自動検証までを統合した「次世代のものづくりオペレーションシステム」の基盤構築を可能とする道も拓くでしょう。
富士通は説明可能なAIや因果発見AI、AIエージェントといった先進的なAI技術を展開しています。データやHPCでも長年の経験と実績を積み重ねています。また、世界最先端の量子技術の研究開発体制を確立しています。本稿では、MIがもたらす効果、グローバルで成長を続けるMI市場の最前線、MI変革を推進する主要なテクノロジー、MI変革の実効性を高める富士通のアプローチを包括的に紹介します。ありたい未来をたぐり寄せるために、レシピ探求から原理駆動へ。揺るぎない競合優位性を確立するための一歩を共に踏み出しましょう。
※所属・役職は取材当時のものです
鈴木 大祐
Daisuke Suzuki
富士通株式会社 グローバルマーケティング本部
マーケティング戦略統括部 コーポーレートインサイト部
部長
日本経済新聞社、PwC Japanを経て2024年3月に富士通入社。日本経済新聞では記者、デスクとして約18年間、財務省、金融庁、経済産業省など中央省庁の政策取材のほか、エネルギーやスタートアップなどの業界を担当。PwC JapanではThought Leadershipの企画立案、編集、執筆をリード。
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