世界最大規模のテックイベント「CES2026」最新レポート! CES2026が示したモビリティ産業の次の競争条件(後編)
Report |2026年1月13日
第4章 中国車は本当に「勝った」のか
――CES2026が示したのは勝利ではなく、冷酷な選別の始まりである
2025年12月、中国系自動車メーカーは世界の新車販売台数において首位となる見通しが示された。このことは、世界に強い印象を与えた。日本や欧州の多くの論調は、これを「中国車の勝利」「日本車の敗北」と短絡的に語った。しかし、CES2026の現場に立つと、この見方がいかに粗いかがはっきりと分かる。結論から言えば、中国車は「勝った」のではない。巨大な構造変化の入口に立ったにすぎない。
「世界首位」という数字の内訳
まず、この首位の中身を冷静に分解する必要がある。中国の乗用車市場は、年間3,000万台規模という世界最大の単一市場である。その約7割を中国メーカーが占める。これだけで、すでに世界ランキングの見え方は大きく歪む。
加えて、世界販売ランキングはメーカー国籍別の合算で示される。BYD、吉利、上汽、奇瑞、小鵬――複数の中国メーカーの台数が積み上がる一方、日本や欧州は少数の大手に集約されている。この集計構造自体が、中国に有利に働いている。
CES2026の現場で中国メーカーの関係者と話すと、彼ら自身がこの点をよく理解していることに驚かされる。多くが口を揃えて、こう語っていた。「これは最終的な勝利ではない。むしろ、ここからが本当の勝負だ」
なぜ「バブル」と言われるのか
中国車躍進が「バブル」と言われる理由も、CES2026では隠されていなかった。中国国内では、すでに明確な供給過剰が起きている。生産能力は需要を上回り、新モデルは次々に投入され、価格競争が常態化し、利益率は急速に低下している。売れ残った車両は、ASEAN、中南米、アフリカへと輸出される。いわゆる「デフレ輸出」である。これは競争力の証明というより、国内で吸収しきれない供給圧力を外に逃がしている構造に近い。この側面だけを見れば、中国車首位は確かにバブル的である。
それでも「構造転換」と言わざるを得ない理由
しかし、CES2026が示していたのは、ここからが重要だ。この過剰と混乱の中で、すでに次の勝者の型が選別され始めているという現実である。中国メーカーの本当の強さは、台数ではない。電池・電動部品・製造を一体で回す供給構造。低コスト量産を前提とした設計思想。OTAを組み込んだ更新前提の製品定義。これらは、EVかICEかという議論とは無関係に、元に戻らない産業構造になっている。重要なのは、すべての中国メーカーが、この構造転換の勝者になるわけではないという点だ。
CES2026で見えた「残れる中国企業」の条件
CES2026の文脈で見えてきた、中国メーカーの明確な分岐点は三つある。
第一に、更新責任を引き受けられるかである。OTAは入れれば終わりではない。不具合が起きたときのロールバック、セキュリティ対応、規制当局への説明責任まで含めて、自社で引き受ける覚悟と体制がなければ、SDVは成立しない。更新を外注に任せる企業は、ここで脱落する。
第二に、海外で流通OSを構築できるかである。価格だけで売れるフェーズは短い。販売金融、保証、整備、部品供給、中古市場まで束ねた海外流通網を、自前で構築できるかどうかが、生死を分ける。輸出で止まっている企業は、ここで詰まる。
第三に、残価を管理できるかである。中古価格が崩れれば、金融が組めず、法人フリートに入れず、ブランドも育たない。「売った後の価値」を管理できない企業は、長期では必ず沈む。
中国メーカーの中でも、この三点に対応できる企業と、できない企業の差が、すでに露骨に現れ始めているのだ。
最後に、中国の本当の強さは、EVや自動運転といった個別技術の優位ではない。CES2026の文脈で浮かび上がるのは、自動車産業における失敗コストを構造的に極小化しているという点である。中国メーカーは、低コスト量産と高速更新を同時に成立させることを前提に車を設計する。完成度を極限まで高めてから市場に出すのではなく、出してから直すことを標準運用とし、OTAによる改良を前提に車両を定義している。
第二に、巨大な国内市場を実験場として使える構造がある。年間約3,000万台規模の市場で、新機能を即投入し、売れなければ即撤退する。その過程で得られるデータは次の改良に転化され、モデルの失敗は企業の敗北ではなく、産業全体の学習として吸収される。ここでは多くの企業が淘汰されること自体が織り込まれており、その結果として勝ち残った企業の競争優位性は、他国では再現しにくいほど際立ったものになる。
第三に、電池、部材、製造、価格を一体で逆算設計できる点だ。性能やブランド価値を起点にするのではなく、「この価格で市場が回る構造」を先に決め、そこに仕様と性能を当てはめる。その結果、突出した性能はなくとも、コスト、供給、更新のいずれかで破綻しにくい車が大量に供給される。
中国のディスラプションは技術ではない。価値観、時間軸、リスク配分という前提条件そのものを変えたことにある。CES2026が示したのは、中国が勝ったかどうかではなく、世界の競争がすでにこの前提で始まっているという現実である。
第5章 「EVシフトは修正された」は本当か
――終わったのはEVではない。「単線思考」である
CES2026のモビリティ関連セッションを通じて、最も頻繁に耳にしたフレーズの一つが「EVシフトは修正された」という言葉である。この言葉だけを切り取れば、EVブームの終焉、電動化の失敗、自動運転と同様の幻滅――そうした印象を与えかねない。しかし、CES2026の現場で共有されていた文脈は、まったく異なる。結論から言えば、修正されたのはEVではない。修正されたのは、EVだけで世界が回るという単線的な前提である。
EVは否定されていない。むしろ「前提化」された
CES2026の展示を見渡して、EVが否定されている場面は一つもなかった。EVは、もはや「選択肢」ではない。議論の出発点であり、前提条件である。誰も「EVかどうか」を問わない。問われているのは、「どの市場で、どのEVを、どう運用するか」である。これは、EVが失敗したからではない。EVが“当たり前”になったからこそ、次の問いに移ったのである。
なぜ「EV一択」の前提が崩れたのか
CES2026で語られていた「修正」の本質は、三つの現実的な摩擦に集約される。
第一に、社会インフラとの摩擦である。充電インフラ、電力供給、災害時対応、寒冷地・高温地域での性能低下。EVは「作れる」ようになったが、「どこでも、無理なく、止まらずに使える」状態には至っていない。これは技術の問題というより、社会システムとの接続の問題である。
第二に、コストと所得水準の摩擦である。EVは確実に安くなった。しかし、多くの国・地域では、依然として大衆車としては高い。補助金がなければ成立しないモデルは、政策が変われば一気に揺らぐ。CES2026では、補助金前提の事業計画そのものを見直す動きが、各国メーカーから語られていた。
第三に、産業側の持続性の問題である。EV一辺倒に振り切った結果、サプライチェーンが特定地域に集中し、地政学リスクが高まり、利益構造が不安定になる。この現実に、各国政府も企業も直面した。CES2026では、「電動化は続けるが、単線では回らない」という認識が、ほぼ共有されていた。
CES2026で可視化された「複線化」という現実解
こうして浮かび上がったのが、EV/PHV/HEV/ICEを併存させる複線モデルである。これは後退ではない。成熟である。EVは、都市部・短距離・規制対応の主役。PHVは、過渡期と関税・規制対応の現実解。HEVは、新興国や中間層市場での安定解。ICEは、当面、信頼性とインフラが重視される地域で残る。CES2026で語られていたのは、「どれを捨てるか」ではない。「どれを、どの市場で、どう回すか」という、極めて運用的な議論であった。
複線化は「楽な選択」ではない
ここで重要なのは、複線化が決して楽な選択ではないという点である。単線モデルであれば、技術開発も調達も製造も流通も、一つの前提で最適化できる。複線化すると、すべてが複雑になる。パワートレインごとの設計。部材の使い分け。製造ラインの柔軟性。流通・金融条件の設計。残価評価の違い。つまり、複線化とは「作る力」よりも、回す力が問われる段階への移行である。CES2026で見えてきたのは、複線化を語れる企業と、語れない企業の差であった。
複線化時代に強くなるのは誰か
CES2026の現場で浮かび上がった答えは明確である。複線化で強くなるのは、技術を多く持つ企業ではない。複線を運用できる企業である。複数の技術を市場別に最適配分できる企業。残価・保証・金融を組み替えられる企業。更新と安全責任を一体で設計できる企業。これは、EVシフト修正という言葉の裏にある、本当の競争条件である。
「EVシフト修正」は入口にすぎない
結論として、こう言い切りたい。EVシフトが修正されたのではない。EVシフトだけで世界を説明する時代が終わったのである。CES2026で共有されていた空気は、失望でも後退でもない。次の段階に進んだという、静かな合意である。そしてこの合意は、不可避に次の問いを呼び起こす。――では、複線化した世界で、何が競争を決めるのか。その答えが、次章で扱う「次の競争条件=産業OS」である。
第6章 次の競争条件は何か
――CES2026が突きつけた「産業OS」という冷酷な現実
EVか、PHVか、HEVか、ICEか。自動運転はレベルいくつか。こうした問いは、CES2026の現場では、もはや中心的な議論ではなかった。語られてはいるが、決定打ではない。CES2026で本当に問われていたのは、まったく別の次元である。次に競争を決めるのは、「どの技術を持っているか」ではない。「産業全体を、止めずに回し続けられるか」である。
覇権とは「台数」ではなく「構造」を握ること
ここで、自動車産業における「覇権」を定義し直す必要がある。覇権とは、販売台数でも、技術スペックでもない。覇権とは、標準(規格)+供給網(部材)+製造(コスト)+流通(金融)+更新(ソフト)+残価(中古)これらを束ねた産業OSを設計し、制御することである。これらの要素自体は、昔から存在していた。だが、これまでは分断されていても成立していた。CES2026が示した決定的な変化は、これらが分断されたままでは、もう回らなくなったという点にある。
なぜ「産業OS」が前面に出てきたのか
理由は明確だ。EV/PHV/HEV/ICEが併存する複線化が進んだことで、あらゆる判断が同時並行で発生するようになったからである。どの市場に、どのパワートレインを投入するのか。部材をどう切り替え、コストをどう抑えるのか。売った後、ソフトをどう更新し、保証をどう引き受け、残価をどう守るのか。これらは一つでも欠けると成立しない。つまり、技術・製造・流通・金融・更新・再販が、一つのOSとして同時に設計されていなければならない。
CES2026の展示やセッションが「地味」に見えた理由はここにある。派手な技術は出尽くした。残っているのは、同時性と責任の設計だけである。
中国メーカーは何を握り、何をまだ握っていないのか
この文脈で見ると、中国メーカーの強さと弱さは、はっきり分かれる。中国メーカーは、産業OSのうち、供給網(部材)・製造(低コスト量産)・更新(OTA前提設計)では、すでに強い。だから価格を下げられ、台数を積み上げられ、世界市場に攻め込める。しかし一方で、流通(金融・保証)・残価(中古・信頼)・更新責任の制度設計では、まだ粗さが残る。CES2026では、この「後工程」をどこまで自社で引き受ける覚悟があるかが、中国メーカー間でも明確な分岐点になっていた。短期では勝てる。だが中期以降、ここを握れない企業は、確実に脱落する。
日本が失ったもの、日本がまだ持っているもの
日本メーカーは、この逆の位置にいる。EV・ソフト・スピードでは後れを取った。だが、日本が長年築いてきたのは、使われ続けることを前提にした産業OSである。販社網。金融スキーム。整備・部品供給。中古・残価。制度適合と信頼。これらは、CES2026の文脈では、決して時代遅れではなかった。むしろ、複線化時代において再評価される要素である。問題は、それらをEV/SDV/AI時代のOSとして再設計できているかだ。ここに失敗すれば、日本は確実に後退する。だが、ここに成功すれば――複線化時代の本命になり得る。
AIは主役ではない。しかし、OSを動かす
CES2026では、AIが前提条件になった。だが誤解してはならない。AIは覇権の主語ではない。AIは、需要予測を行い、製造を最適化し、更新リスクを検知し、残価を算定し、
異常を先回りで潰す。つまり、産業OSの全レイヤーを横断して、自己最適化させるエンジンである。CES2026で語られていたAI×SDVは、「賢いクルマ」の話ではない。「産業を止めずに回すためのAI」の話である。
次の競争条件を一文で言えばここまでを一文に集約するなら、こうなる。次の競争条件とは、EVでも自動運転でもない。複線化したモビリティを、産業OSとして回し続けられるかである。この問いに答えられる企業だけが、バブルの後に残り、構造転換の中核に立つ。そしてこの問いは、自然に次の章へとつながる。なぜ競争は、もはや「企業」単位ではなく、「エコシステム」単位になったのか。それを解き明かすのが、次章である。
第7章 エコシステム・ディスラプション
――「強い企業」が負け、「正しい位置」を取った企業が生き残る理由
CES2026を通じて、モビリティ産業で最も大きく変わったのは、競争の単位である。もはや競争は、企業対企業ではない。エコシステム対エコシステムへと完全に移行している。それにもかかわらず、多くの議論はいまだに「どのメーカーのEVが優れているか」「どの自動運転技術が先行しているか」という、企業単体・製品単体の視点から抜け出せていない。CES2026の現場で見えていたのは、こうした見方そのものが、すでに時代遅れになりつつある現実であった。
エコシステム・ディスラプションとは何か
エコシステム・ディスラプションとは、製品や技術が壊される現象ではない。価値が成立する構造そのものが書き換えられる現象である。重要なのは、ここで壊されるのが、必ずしも既存の強者企業ではないという点だ。壊されるのは、価値の取り方、役割分担、儲け方、責任の所在といった、産業の暗黙ルールである。
自動車産業で言えば、「完成車メーカーが主語」「サプライヤーは補完」「販売はディーラー」「売ったら終わり」という前提が、いま静かに崩れている。
なぜ自動車産業はエコシステム・ディスラプションに弱いのか
理由は明確である。自動車産業は、エコシステム依存度が極端に高い産業だからだ。部品点数は数万点。サプライヤーは多層。規制・安全・保険が密接に絡む。社会インフラとしての責任が重い。この構造では、一社だけが強くても意味がない。全体が噛み合わなければ、価値は成立しない。逆に言えば、どこか一つの支配点を押さえられると、既存の強者であっても一気に立場が揺らぐ。CES2026で起きていたのは、まさにこの現象である。
中国勢は「企業」ではなく「構造」で攻めてきた
中国メーカーの台頭は、個別企業の競争力によるものではない。起きているのは、完成車メーカー、部材、製造、販売、更新という役割分担そのものが、別の前提条件で再構成されたという事実である。低コスト量産と高速更新を前提に設計し、失敗を前提に学習し、淘汰を織り込んだ市場構造の中で競争を回す。これは企業が強くなったのではなく、価値が成立するエコシステムの設計が変わったという現象に他ならない。
中国メーカーの台頭を、「安いEVを作ったから」と説明するのは不十分である。彼らがやったのは、企業競争ではない。エコシステム競争への持ち込みである。電池・電動部品・製造を一体化する。OTA前提で更新を組み込む。国内市場を実験場として高速に回す。余剰を海外に流す構造を持つ。これは単なる製品戦略ではない。価値が成立する場そのものを、自分たちのルールで作ったという意味で、典型的なエコシステム・ディスラプションである。重要なのは、この戦略が既存プレイヤーの強みを正面から否定していない点だ。品質も、安全も、信頼も否定していない。ただ、それらが価値に転換される「位置」を変えただけである。
破壊されているのは「競争」ではなく「位置関係」
CES2026で最も印象的だったのは、「強い企業が負けている」というより、「正しい位置にいない企業が勝てなくなっている」という現象だった。これまで補完者だった企業が主語になる。これまで主語だった企業が、部品の一つになる。価値の中心が、完成車から、更新・運用・データへ移る。ここで起きているのは、勝敗ではない。主語の交代である。
日本企業が直面している本当のリスク
日本の自動車メーカーは、いまも多くの点で強い。品質、安全、信頼、流通、残価。だが、エコシステム・ディスラプションの文脈では、「強いこと」自体がリスクになる。なぜなら、強いがゆえに成功体験があり、役割が固定され、境界を引き直しにくいからだ。CES2026で問われていたのは、「どれだけ技術があるか」ではない。何を自社で握り、何を手放し、どこで主語になるかという再配置の判断である。
エコシステム競争での勝ち筋
この環境での勝ち筋は明確だ。エコシステムの中で、代替できない役割を占めることである。自動車産業において、日本が取り得るポジションははっきりしている。残価を設計できる、保証と更新の責任を引き受けられる、規制・安全・制度に適合させられる、社会インフラとして止めない。これらは、単なる強みではない。エコシステムを成立させるために不可欠な役割である。
結論
エコシステム・ディスラプションとは、派手な破壊ではない。ある日突然負けるのではない。気づいたときには、主語ではなくなっている。CES2026で感じたのは、まさにこの空気である。技術は揃った。選択肢も出尽くした。あとは、誰が、どの役割で、このエコシステムを引き受けるのか。そしてこの問いは、自然に最終章へとつながる。
最終章 CES2026は「静かな転換点」である
――モビリティ覇権は、すでに次の段階に入った
CES2026を数日歩き、セッションを聴き、関係者と話す中で、一つの確信が生まれた。今年のCESは、革命の展示会ではない。だが、転換点の展示会である。EVも、自動運転も、SDVも、AIも、もはや「存在を示す」段階ではない。それらは前提条件になった。その代わりに問われているのは、それらを使って、誰が産業を引き受けるのかという、極めて重く、逃げ場のない問いである。
派手さが消えたこと自体が、最大のシグナル
CES2026が静かに感じられるのは偶然ではない。技術は十分に見えた。選択肢は出尽くした。実験段階は終わった。あとは、「どう回すか」「どう止めないか」「どう責任を引き受けるか」の段階に入っただけである。モビリティは、夢の話から、覚悟の話へと移った。
中国車首位は「結論」ではなく「入口」にすぎない
中国メーカーが世界販売首位に立った事実も、この文脈で見れば意味が変わる。それは勝敗の結論ではない。この構造に入った、という入口のシグナルにすぎない。ここから先に待っているのは、淘汰と再編である。だが同時に、低コスト量産、電動化、ソフト更新、複線運用を前提とする産業OSが、世界標準として固まっていく。問われるのは、台数ではない。誰がOSの主語になるかである。
日本は、まだこの競争から降りていない
ここまで読んで、「日本はもう終わりなのか」と感じる読者もいるかもしれない。答えは、はっきりとNOだ。日本が長年積み上げてきた残価、保証、流通、整備、制度適合、信頼
は、次の産業OSの中核要素でもある。問題は、それらをEV・SDV・AI時代のOSとして再設計できるかどうかだ。過去の成功体験にしがみつけば、確実に沈む。だが、これらを「次のOSの部品」として組み直せれば、日本は複線化時代の本命になり得る。
CES2026が示した、重要な結論
このCESで、最も重要だった展示やセッションを一言でまとめるなら、こうなる。EVでも、自動運転でも、AIでもない。モビリティの未来を決めるのは、「産業を止めずに回し続けられる構造」を誰が設計できるかである。CES2026は、その競争がすでに始まっていることを、派手ではないが、はっきりと示した。
最後に、この展示会は、勝者を決める場ではない。覚悟を問う場である。技術を持つ覚悟。構造を引き受ける覚悟。失敗も含めて運用する覚悟。CES2026は、モビリティ産業が次の10年を生き抜くために、何を捨て、何を引き受けるのかを、静かに問いかけていた。