システム開発の「常識」を過去にする。 ―富士通のAIが導く「SI変革」と“爆速”生産性―
Article | 2026年2月17日
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システム開発の常識を打ち破るべく、富士通が「AI-Driven Software Development Platform」を開発。独自のAI技術とLLMで既存のシステムの仕組みを深く理解し、要件定義からテストまで複雑な改修を自律的に完全自動化します。社内実践で約100倍の生産性向上を実現したこの基盤は、人間とAIの協調を新次元に高めるパラダイムシフトです。ビジネスの新地平を拓く大変革に迫ります。
複雑に入り組む企業のITシステム、度重なる規制やルールの変更に翻弄される開発現場、効率を高められず硬直化を招きやすい「人月」ビジネスモデル。これらは長年、システム開発における「常識」であると同時に、企業の競争力を阻害する構造的な課題でもあった。技術革新のスピードが速まる中でも受注企業、発注企業いずれも旧来の常識から抜け出せず、成長への変革を加速しきれないでいる。
こうした袋小路のような現状を打ち破ろうと、富士通が新たなサービスを打ち出した。その名も「AI-Driven Software Development Platform」。独自のAI技術と大規模言語モデル(LLM)を核に、企業がすでに構築しているシステムの複雑な仕組みをAIが理解し、属人化した「暗黙知」も反映。関連法制の改正時にはAIエージェントたちが自律的に改修を施し、法令文書からシステムに反映が必要な変更要件を抽出して要件定義から設計、結合テストまで包括的に担うのだ。富士通社内で実践した成果はざっと「3人月かかっていたものが4時間に短縮」、つまり従来の約100倍の生産性向上を実現した。
これは人間が仕様書を書き、AIにコードを生成させる次元ではない。AIという新たな知性が、外部環境に適応しながら開発の「完全自動化」を担うシステム開発のパラダイムシフトだ。生業としてきたSI(System Integrator)ビジネスを自ら変革し、システム開発の内製化を促し、AI時代の開発モデルとして“爆速”生産性への扉を開ける――。富士通が再定義するシステム開発の変革に迫る。
システム開発を覆う三重苦、構造問題が変革を阻む
技術革新が社会の隅々まで浸透し、あらゆるビジネスがソフトウェアによって駆動する時代。企業の競争力は、変化に即応できる備えがあるかどうかに左右される。そのカギとなるべきシステムの開発現場は、国や地域を問わず構造的な「三重苦」にあえぎ、静かに限界を迎えつつある。
まず人手不足だ。人材サービスのマンパワーグループが世界42カ国・地域の約4万社を対象に調査した「2025年人材不足調査*¹」によると、「人材確保が困難」と答えた割合はグローバル平均で74%に上った。日本は77%と平均を上回る。さらに、日本で「最も採用が困難なスキル」のうち、「IT・データ」との回答の割合は24%と人事(40%)、営業・マーケティング(30%)に次ぐ3位だった。これらの数字は、システムの開発現場が過酷さを増している現状を映す。
次に保守性や拡張性が低下したシステムの対応に苦しむ、という技術的な負債だ。電子決済のStripeが調査した「The Developer Coefficient*²」によると、システム開発者は週平均17時間をこのような負債対応に費やしており、その機会損失は世界で年間13兆円に上ると試算する。新しい価値を生む機会を持つべきエンジニアが、既存の複雑なシステムの保守に追われている実態が透けて見える。
そして3つ目が「人月」に代表される労働集約型モデルだ。「効率化すれば売上が減りかねない」という矛盾を本質的に抱えるこのビジネスモデルは、受注側も発注側も従来の関係性から抜け出せず、生産性向上へのインセンティブが働きにくい。この課題は決して日本特有ではない。グローバルで一般的なTime & Materials契約でも、ガバナンスが弱ければ成果と投入工数の関係が不透明になり、生産性を歪めかねないリスクを抱えている。
現状を放置したままでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進やAI活用の掛け声も空しく響くだけ。日本、ひいては世界の産業競争力の低下にもつながりかねない。市場からは、システム開発の常識そのものを打ち破る根本的な変革が強く求められているのだ。
*¹ マンパワーグループ「2025年人材不足調査」https://www.manpowergroup.jp/company/press/2025/20250123.html
*² Stripe「The Developer Coefficient」https://stripe.com/jp/newsroom/stories/developer-coefficient
「LLM×要件定義AI×暗黙知」、社内実践で挑む完全自動化
「日本の、特に大企業のシステムはいろんなルール変更に対応しながらつくってきました。システムの開発や保守、修正などはもっぱら手作業でやっているのが現状。ある種の職人技が必要な領域です」。富士通のAI戦略・ビジネス開発本部長の岡田 英人は指摘する。一方で技術革新がどんどん進み、「システム開発も今、変化をしないといけないときだと感じていました」。そんな課題認識をもとに2025年春、AI-Driven Software Development Platformのプロジェクトが本格始動する。目指すはシステム開発の完全自動化。「ボタンを押したら業務アプリケーションの改修を完全に自動化できる。そんな世界の実現に挑んだのです」と岡田は振り返る。
1991年富士通入社。自治体業務アプリケーションパッケージを担当のち、2016年から第二行政ソリューション事業本部長として「自治体DX」を推進。2020年、富士通研究所に異動。事業部門との連携を強化する役割を主に担い、2021年から技術戦略本部長として全社技術戦略を担当、シリコンバレーへの赴任を経験。2025年4月から現職。
新サービスを打ち出す前提となるのが、富士通内部での実践だ。AI-Driven Software Development Platformの社内実践の舞台となったのは、富士通Japanが開発・提供する自治体やヘルスケア分野の業務ソフトウェア。同社の特定プロジェクト対策本部長の國分 出は「私たちは40年近く前から、自治体やヘルスケア分野で業務パッケージ型のビジネスに取り組んできました。お客さまに業務を教えてもらい、お客さまの要望に沿ってつくってきましたが、今では業務をどう変えるか、あるいは法改正にどう対応するか、という点でかなりの部分が私たちに委ねられています」と話す。法規制やルールがどんどん変わる中、システムへの影響は年々大きくなるばかり。「お客さまと一緒に、本当にこれでいいのか、と検証する時間が長ければ長いほど、この挑戦を実現することはお互いにすごくプラスになる」と考え、社内実践の話しを聞いた時には「もう飛びついて、やります!という感じでした」と力を込める。
1988年富士通入社。2017年行政ソリューション本部長、2018年ヘルスケアソリューション本部長。2023年にソリューション開発本部長として多くのソリューション商品の開発に従事。2025年から開発、デリバリーをAIドリブンで完全自動化するプロジェクトの責任者を兼任する。2026年4月、富士通Japan代表取締役社長に就任予定。
富士通が開発したのは、複数の技術を組み合わせたマルチAIエージェント基盤だ。この基盤上でシステム開発の全工程を革新する。大規模言語モデル「Takane」。要件定義をはじめ、ソースコード生成、テストなど様々なタスクを自律的にこなすAIエージェントたち。AIエージェントたちの行動を外側からチェックし、企業の「暗黙知」まで理解したうえで品質の監査役を担うエージェント。これらが彩る先に、未踏のシステム開発変革が実現する。
「富士通が40年かけて培ってきたいろんな角度のナレッジ(知識)を収める箱が必要。その箱に最適なのがTakaneなんです」(岡田)。Takaneは汎用型のLLMではなく、特定分野に特化したモデルとして進化させているのが特徴の一つだ。自治体やヘルスケアを例にとれば、住民票や税金、電子カルテといった固有の業務の知識を徹底的に教え込む。当然、システム開発のプロセスも学ばせる。加えてソフトウェア工学も叩き込む。Takaneは高い日本語性能を持ち、セキュアなプライベート環境で使える点も特徴だ。「日本語が得意とうたうLLMはほかにもありますが、Takaneは難解な日本の法令文書を正しく理解できる。富士通のシステム開発の知見を盛り込んだモデルと言えます」と岡田は強調する。
AIエージェントたちはシステムを「つくる」と「監査する」という2つの役割を担う。例えば、法改正やルールの変更があった際、現状とどこか違うのか、直すべき部分はどこかを自律的に理解し、システム仕様を自動で変更する。それを終えたら次は設計を担うエージェントにバトンが渡る。設計の次はソースコード編集、その次はテスト、という風にエージェント間で「つくる」をどんどん進める。つくられたものを第三者の視点でチェックするのが、「監査」を担うエージェントだ。岡田は「ガーディアン型のエージェントも欠かせません。ここがだめだからやり直し、とシステムをつくるループの外側から監視することで品質を保証できるのです」と語る。
従来の開発現場では、人間同士の情報のリレー、すなわち手作業ならではのミスがどうしても発生し、品質低下や納期遅延につながっていた。AIによる完全自動化はこれらのボトルネックを一掃し、プロセスの透明性や品質を飛躍的に高められる。富士通が培ってきた業種・業界への知見と、最新のAI技術を融合させることで既存のシステムにも対応でき、業種・業界特有の課題やニーズに応えられる。これこそが、唯一無二の強みであり、本質的な変革を可能にするカギと言えそうだ。
社内実践によって課題と機会を洗い出し、改善を繰り返すことで「生きた実践知」を蓄積し、ついにAI-Driven Software Development Platformに昇華させた。その成果は圧倒的なものだった。
「SIを自ら変革する」、生産性100倍を社会実装へ
社内で実践したアプリケーション改修約300件のうち、一部で完全自動化に成功した。あくまで一例だが、開発にかかった時間は従来の3人月から4時間に短縮できたという。実にざっと100倍の生産性を実現したのだ。「別のケースだともしかしたら(4時間が)2倍、3倍となるかもしれませんが、それでも大幅に生産性を高めるというのは間違いないです」(岡田)。國分は「人間は1日で働ける時間が決まっていますが、AIは24時間、集中力を切らさずに働いてくれる。お客さまからは、リードタイムが短くなることや正確性が上がることについて大きな期待をいただいています」と手ごたえを口にする。
富士通はAI-Driven Software Development Platformを従量課金型サービスとして、2026年度にもグローバル市場に提供する予定だ。岡田は「特定の業種や国・地域に焦点を当てるのではありません。繰り返しシステム改修が必要な領域であれば、どこでも向いていると思います」とみる。新サービスが社会に広く実装されれば、エンジニアはより創造的で高付加価値な業務にシフトできる。イノベーションの加速、ひいては社会全体の発展に貢献する。システムの品質が上がれば利用者の利便性を高める。それは社会の安全保障にも直結する。
「日本では特に大企業は今までシステム開発や改修をSIに発注してきました。それが、企業自ら内製化する動きが加速すると考えています。自分たちでできるんじゃないか、というきっかけになるかもしれません」。岡田は新サービスによるビジネス界への変革をこう読み解く。富士通自身、SIとして長い間、グローバルで実績や経験を積んできた。旧来のSIビジネスを大きく変革することはどんな狙いがあるのだろうか。
自ら変わり、社会も変える。AIのパラダイムシフトと富士通の価値創造
AI-Driven Software Development Platformを起点とした富士通の新しい挑戦は、単なる新技術の導入ではない。業界の慣習を打ち破り、自社のあり方を変革しようとする明確な意思の表れだ。
岡田は「技術革新がどんどん進む中、『どの技術を使えば最適なのか』という課題はむしろ出続けるでしょう。それを解決するニーズは残ると思います。また、最新技術を最適活用するためには企業全体をAI Readyにしなければなりません。そのためのコンサルティングも必要になります。つくった量ではなく、サービスの価値に課金していただく。そういう方向にしていきたいのです」と見通す。國分も「今月は法改正、今月はお客さまの要望による機能強化、と積み上げられた課題や要望をどんどん解消し、システムの改善を不断に進められる。お客さまが『富士通のシステムを他社に変える必要がなくなるよね』という風になっていけばうれしいですね」と語る。
AI-Driven Software Development Platformは、システム開発のあり方を根底から覆す「AIによるパラダイムシフト」になる可能性を秘める。自らを変革する実践知をもとに、古いものを自ら抜本的に見直し、新たなものを創る。「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」。富士通のパーパスを体現するような今回の新サービスは、新しい時代の価値創造をリードしていくという富士通の覚悟と実践そのものと言えるだろう。
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