MBD(モデルベース開発)とは?MBDが切り拓くSDV時代のモビリティ戦略
Article | 2026年4月16日
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自動車業界が「100年に一度の大変革期」を迎える中、ソフトウェア・ファーストのクルマづくりを支える中核技術として注目されているのが、MBD(Model-Based Development:モデルベース開発)です。
SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義型車両)の時代において、なぜこの開発手法が「必須技術」とまで言われているのでしょうか。本記事では、MBDの基本概念から業界全体の動向、市場規模に至るまで、その全体像を分かりやすく解説します。
1. MBD(モデルベース開発)とは?SDV/モビリティ時代に求められる定義と背景
MBDとは?基本概念をわかりやすく解説(モデル/ベース/開発の意味)
MBD(Model-Based Development:モデルベース開発)とは、エンジンやモーターなどの制御対象(ハードウェア)と、その動きを制御するロジック(ソフトウェア)を、数式やブロック線図で表現した「モデル」として構築し、コンピューター上でシミュレーションしながらシステム設計や検証を行う開発手法です。
従来の製造業における開発プロセスでは、紙の仕様書やドキュメントを基に製作した物理的な試作機を用いてテストを行うのが一般的でした。しかしこの方法では、後工程になってから設計ミスや仕様不整合が発覚することが多く、大規模な手戻り(リワーク)が発生するリスクが常に伴っていました。
MBDで用いるモデルは、単なる静的な設計図ではなく、シミュレーター上で動作を確認できる「動く仕様書」としての役割を果たします。エンジニアは物理的なハードウェアが完成する前の上流工程から仮想空間でシステムの挙動を可視化し、要求仕様を満たしているか検証できます。
このように、開発の初期段階で集中的に検証を行い、品質を作り込むアプローチは「フロントローディング」と呼ばれ、MBDの最大の強みとなっています。
なぜ今注目されているのか?SDVやデジタル化が促す自動車業界の背景
現在、MBDが自動車業界で必須の技術となりつつある背景には、以下のような大きな潮流があります。
・CASE(Connected、Autonomous、Shared & Service、Electric)に代表される技術革新の加速
・車の価値がソフトウェアで決まるSDV(Software Defined Vehicle) への移行
・OTA(Over The Air)アップデートによる機能追加・性能向上が前提のビジネスモデル
スマートフォンがOSのアップデートで進化するように、自動車も販売後にソフトウェアを更新することで、機能追加や性能向上が図られる時代に突入しました。その結果、車載ソフトウェアのソースコード量は指数関数的に増大しており、現在では数億行に達するとも言われています。さらに、自動運転システムなどの安全性を担保するには、数億キロメートル規模の走行テストが必要という試算もされており、実車走行での検証はスピード、コスト、そして安全性の面から、現実的ではありません。
この限界を突破するため、仮想空間で車両や走行環境を精密に再現し、安全かつ高速に膨大なシミュレーションを実行できるMBDが、SDV時代の開発に不可欠な基盤として注目されています。
2. MBDが切り拓く価値:メリットと効果(スピード・品質・工数削減)
MBDの導入によって得られる価値は、単なる開発作業のデジタル化にとどまりません。製品を市場に投入するまでのリードタイムの短縮、上流工程での厳密な検証による品質の向上、そして開発全体を通じた工数とコストの削減という、ビジネスに直結する重要なメリットをもたらします。ここでは、MBDがもたらす具体的な効果と、それを支える多様なツール群の役割について深く掘り下げます。
開発プロセスの短縮と工数削減:モデル再利用と自動化による効果
MBDの導入がもたらす最大のメリットの一つは、開発プロセス全体の効率化とそれに伴う工数削減です。これを実現する中核的な要素が、「モデルの再利用性」と「ソースコードの自動生成」です。
・モデルの再利用性
従来の開発手法では、製品の世代交代や派生モデルを開発するたびに、仕様書を基にソースコードを一から手作業で書き直す必要がありました。MBDでは、抽象化された数学モデルやブロック線図でシステムを構築するため、一度作成したコンポーネントをモジュール化して資産として蓄積することができます。特定のモーター制御アルゴリズムやバッテリー管理のモデルを、複数の車種や異なる製品ラインで容易に流用できるようになることで、ゼロから設計を行う手間が省け、開発のリードタイムが大幅に短縮されます。
・ソースコードの自動生成
手作業のコーディングは、記述ミスや仕様の勘違いといったヒューマンエラーが発生しやすく、デバッグに膨大な時間を費やすこともありました。MBDでは、構築したモデルからC言語などのソースコードを自動生成する機能(オートコーダー)を活用します。これにより、実装の手間を大幅に省きつつ、コーディングに起因するエラーの発生を根本から防ぐことができます。さらに、モデル自体が「動く仕様書」として機能するため、別途膨大な紙の資料を作成・維持にかかる負担からも解放されます。
品質向上と早期検証:シミュレーションによる不具合の発見・低減
上流工程でシミュレーションを繰り返し実行できるMBDは、アーキテクチャの欠陥や論理的な問題点の早期発見・改善を可能にし、開発の品質と生産性を飛躍的に向上させることができます。また、実機検証では再現が困難な極端な温度条件や、危険を伴う異常系のテストなども安全かつ容易に実行可能で、これまで検証できなかった領域での品質確認を実現できます。
3. MBD導入の実務:段階的プロセス、A-SPICE対応
MBDの恩恵を最大限に引き出すためには、単にツールを購入するだけでは不十分です。既存の開発プロセスを見直し、段階的な導入フローを設計し、国際標準規格に準拠した厳格な品質管理体制を構築する必要があります。
ここでは、MBD導入を成功に導くための要諦について、具体的な実践方法とともに解説します。
段階的導入フロー:設計→モデリング→検証→生成→実装のフェーズ解説
MBDの実務への導入は、ソフトウェア開発における「V字モデル」に沿って、以下のステップで段階的に進めます。
1. 設計・要求定義
・システム全体の要求仕様・機能・性能を定義
2. モデリング
・制御ロジックと制御対象(プラント)の数学モデル・ブロック線図を構築
・PC上でモデル同士を接続し、MILS(Model-in-the-Loop Simulation)で論理検証
3. コード生成
・オートコーダーでモデルからソースコードを自動生成
・SILS(Software-in-the-Loop Simulation)およびPILS (Processor-in-the-Loop Simulation)により、実装コードの挙動を検証
4. 実装・最終検証
・生成したコードをECU(内のマイコン)に実装
・HILS(Hardware-in-the-Loop Simulation)を用いて実機に近い環境でシステム検証
このように検証の解像度を段階的に上げていくことで、手戻りのリスクを最小化したスムーズな開発が実現します。
コラム:4つのシミュレーション検証手法について
・MILS:開発の初期段階において、ECUの制御モデルとプラントモデル(車両)を仮想環境で接続し、制御ロジックの妥当性を検証する手法
・SILS:実装段階において、モデルから自動生成した実際の制御ソフトウェア(ソースコード)を仮想環境で動作させ、制御ロジックの動作を検証する手法
・PILS:制御対象(車両)側をモデルでシミュレーションし、制御用ECUの実機上で生成コードを動作させる、橋渡し的な検証手法
・HILS:開発の最終段階において、実機のECUと仮想車両モデルを接続し、実車を使わずにシステム全体の動作をリアルタイムでシミュレーションする検証手法
A-SPICEやISO準拠の管理:品質確保とドキュメント化で改善するプロセス
車載ソフトウェアの開発において、MBDを導入する強力な動機の一つが、国際的な品質規格への対応です。特に、自動車業界のソフトウェア開発プロセス標準である「Automotive SPICE(A-SPICE)」や、機能安全規格である「ISO 26262」への準拠は、グローバルサプライチェーンに参入するための必須条件となっています。
これらの規格では、要件定義からアーキテクチャ設計、詳細設計、実装、そして各レベルでのテストに至るまで、すべての工程が一貫して紐付いていること(双方向トレーサビリティ)が厳しく求められます。従来の紙ベースの開発では、仕様変更が発生するたびに膨大なドキュメントを手作業で修正し、整合性を保つことは至難の業でした。
MBDを活用することで、モデルそのものが仕様書として機能し、そこから自動的にテストケースやCコード、さらには説明用ドキュメントまでを一貫して生成することができます。また要件管理プラットフォームとMBDツールを連携させることで、どの要求がどのモデルブロックで実現されているかをデジタル上で確実に追跡(トレース)できるようになります。
結果として、規格準拠のためのドキュメント作成や監査対応にかかる工数を大幅に削減し、客観的な品質証明を容易に行うことが可能になります。
体制と人材育成:エンジニアのスキル向上と教育支援
MBDを使いこなすエンジニアには、従来のプログラミングスキルに加え、制御工学、物理法則、システムアーキテクチャ設計といった、幅広い専門的な工学知識が求められます。
スキル向上を実現するには、エンジニアの再教育(リスキリング)とともに、外部の専門的なコンサルティング支援を活用することが有効です。国内のソリューションプロバイダーは、ツールの販売にとどまらず強力な支援体制を敷いており、自動車メーカーやサプライヤー向けに特化したMBD導入コンサルティングを提供するなど、開発プロセスの構築から人材育成までを包括的にサポートしています。
組織全体のスキルアップと、標準化されたプロセスの定着。この両輪を回すことが、MBD導入を成功に導くカギとなります。
4. MBDの導入障壁:適用範囲とMBDが不向きなケース
MBDは多くのメリットがある一方で、導入・運用にあたってはデメリットも存在します。運用上のリスク管理と併せて解説します。
MBDのデメリットと導入障壁の5つのポイント
・学習コスト
MBDエンジニアには幅広い専門的な工学知識が求められ、新たなツールや技術を習得するための教育に時間とコストを要します。
・ツールのコスト
MBDツールは高価なものが多く、多額の導入コストがかかります。さらに、ツールの更新やメンテナンス費用も継続的に発生するため、小規模な組織や予算が限られている企業にとって高い導入障壁となります。
・柔軟性の制限(ベンダーロックイン)
特定のMBDツールに過度に依存すると、ツールの制約によってシステム間のインターフェースが制限されるなど、他社ツールとのデータ連携が困難になるリスクがあります。
・モデルと現実の乖離
モデルが現実世界のシステムを完全に表現できない場合、シミュレーション結果と実際の挙動との間に乖離が生じ、実機検証の段階で予期せぬ不具合が発生するリスクがあります。
・過度な抽象化
開発効率を優先するあまり、モデルの抽象化が過度になると、システムの詳細な挙動を捉えられず、実装段階で問題が発覚する原因となります。
精度・再現性の限界と実機検証の必要性(リスク管理)
上記のデメリットを踏まえると、MBDを導入したからといって「実機検証が完全に不要になる」わけではないことが理解できます。MILSやSILSといった仮想環境での検証は、論理的なバグを早期に潰すためには極めて有効ですが、現実の物理世界にはモデル化が困難な非線形の要素(熱による微小な特性変化、経年劣化、電気的ノイズなど)が無数に存在します。
したがって、シミュレーションがテスト全体の工数を大幅に削減する役割を担い、最終的な安全性と性能を担保するためには、HILSによる実機に近いテストや、テストコースでの実車評価が依然として不可欠です。
これらの運用リスクを軽減するためには、目的に応じてモデルの精度(粒度)を適切に設計するエンジニアリングの勘所が必要です。また、ツールコストの壁を乗り越えるために、無償版などを活用してスモールスタートを切る方法などが求められます。
5. SDV開発とローコード組込開発:コード生成から車載運用までの連携
SDVの普及により車載ソフトウェアの規模が爆発的に増大する中、プログラマーが手作業でコーディングする従来型の開発スタイルは限界を迎えています。そこで重要視されているのが、MBDと連携した「ローコード組込開発」というアプローチと、サプライチェーン全体でのモデル共有による運用連携です。
ローコード組込開発の位置付けとMBDとの親和性
近年、IT業界を中心に、最小限のコーディングでアプリケーションを開発する「ローコード開発」が普及しています。自動車の組込みソフトウェア開発においても、この概念が浸透しつつあります。
MBDにおけるローコード組込開発とは、グラフィカルなブロックをつなぎ合わせて構築したモデルから、ターゲットとなるマイコン向けのC/C++コードを自動的に生成し、それを製品に実装するアプローチを指します。従来、仕様書を作成するシステムエンジニアと、それをコーディングするソフトウェアエンジニアは分業されており、コミュニケーションロスや実装ミスが頻発していました。
MBDを活用すれば、設計者が構築・検証したシミュレーションモデルが、そのまま実行可能なコードの源泉となります。属人的なコーディングスキルへの依存から脱却し、ロジックの設計そのものにリソースを集中させることが可能になるため、仕様変更にも柔軟に対応でき、保守性とアジリティが飛躍的に向上します。
6. 導入時の課題と実践的ソリューション
MBDはさまざまなメリットをもたらす一方、いざ実際の開発現場に導入しようとすると、数多くの障壁に直面します。技術的なハードルだけでなく、組織体制やコストの問題が複雑に絡み合い、導入が停滞するケースも珍しくありません。
ここでは、現場が直面する主な課題と、それを外部のコンサルティングや独自ソリューションによって乗り越える実践的なアプローチを解説します。
現場での主な課題:スキル不足と初期投資
先述の通り、MBD導入においてはいくつかの障壁があり、その中でも多くの企業にとって最大の障壁は「エンジニアのスキル不足(学習コスト)」と「高額な初期投資」です。
これまでC言語でのコーディングや実機テストを専門としてきたエンジニアにとって、物理現象を数式化してモデルを構築する思考プロセスへの転換は容易ではありません。モデルベース開発はMILSや等価性テストなど特有のプロセスを有しており、高品質な開発を可能とするプロセスの構築には、多くの経験と時間を必要とします。
さらに、既存システムをモデル環境に取り込むには多くの工数がかかります。そのため、システム全体のモデル化実現がなかなか難しいというケースが見られます。
富士通による実践的解決策
これらの課題を自社だけで解決するのは、非常に困難です。専門ベンダーが提供するコンサルティングサービスや独自ソリューションを活用することが、MBD導入を成功させるための現実的かつ有効な選択肢となります。
富士通では、「SDV ローコード組込開発プラットフォーム」におけるサービスのひとつとして、モデルベース開発において発生する工数の削減と高品質なソフトウェアの構築をご支援しています。モデルベース開発のノウハウやアセットをお客様向けにテーラリングし、「ベストプラクティス」として提供。また、既存コードをモデルに変換する機能(Cコードインポーター)により、既存システム全体をモデル化しMILS環境を早期に構築できます。
その結果、環境設計の構築工数削減や既存コードのモデル化の簡略化を実現し、MBD開発において約20%のコスト削減効果が見込まれます。MBD開発におけるプロセス自動化・最適化、既存資産の有効活用にお悩みの方はぜひご検討ください。
7. 最後に:業界動向と今後注目の技術動向
自動車産業が「ハードウェアの製造」から「ソフトウェア主導のモビリティ・サービス」へと劇的なパラダイムシフトを遂げる中、MBDは単なる設計効率化のツールから、企業の生存を左右する経営戦略のコアへと昇華しました。最後に、今後見据えるべき次世代技術の動向をご紹介します。
今後注目の技術動向:AIとMBDの融合とモビリティDX
SDVとMBDを取り巻く技術環境は日々進化しており、中長期的な戦略を策定する上で「AI(人工知能)とMBDの融合」は最も注視すべきトレンドです。
例えば、少ない計測データからAIなどのデータ駆動アルゴリズムを用いてシステム挙動を正確にモデリングする技術がすでに実用化されています。生成AIを活用して自然言語の仕様書から直接モデルを生成する研究も進んでおり、将来的にはMBD最大の課題であった「モデリングの学習コスト」をAIが打ち破る可能性を秘めています。
また、国策としての「モビリティDX戦略」も重要な指針となります。経済産業省が掲げる「2030年および2035年にSDV日系企業シェア3割」という目標に向け、政府主導でのソフトウェア人材のリスキリング支援や、協調領域におけるデータ連携基盤の構築が推し進められます。
自動車産業の競争軸は、ハードウェアの性能ではなく、「ソフトウェアとデータの統合能力」へと完全に移行しました。MBDという「仮想空間の共通言語」をいち早くマスターし、自社の知的財産をモデルとして抽象化・パッケージ化する能力を持つことが、企業に求められています。高度なシミュレーション技術を武器に、新たな価値を迅速に創造できる企業だけが、SDV時代の競争を勝ち抜くことができるでしょう。
参考資料
SDV開発における課題解決のヒントに。
マルチAIエージェントなどを活用したSDV開発の変革について、詳しく解説したeBookを公開しています。ソフトウェア人材不足など、SDV開発における課題に直面している方はぜひご覧ください。
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