サロゲートモデルとは? AIとHPCで製造業DXを加速する最先端技術を解説

Article | 2025年1月19日

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会議の終盤、役員から放たれた一言。「この部分の形状を変えたら、性能はどうなる?」。設計チームに緊張が走る。CAE(Computer Aided Engineering)を用いた再シミュレーションには、どんなに急いでも丸一日かかる。今日の結論は見送り、開発スケジュールはまた遅延する――。
この ような光景は、多くの製造業の開発現場で繰り返される、もどかしい現実ではないでしょうか。シミュレーション技術は、自動車から航空宇宙、家電製品に至るまで、高機能な製品開発に不可欠な心臓部です。しかし、その精度と引き換えに、膨大な計算時間とコストという重い足枷を常に強いられてきました。
市場の変化が激しさを増す現代において、 「時間との闘い」は企業の競争力を左右する死活問題です。もし、会議の場で設計変更の影響を”その場”で可視化できたなら。もし、数日、数週間かかっていた流体解析(CFD)や構造解析が”数分”で完了したなら。
そんな開発現場に変革を起こすゲームチェンジャーとして、今、AIとHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)を融合させた「サロゲートモデル」に熱い視線が注がれています。本記事では、サロゲートモデルがもたらす変革と技術、そして導入の壁を乗り越える富士通の取り組みを解説します。

数値シミュレーションが抱える課題「計算時間の壁」

私たちの安全で快適な暮らしは、シミュレーション技術によって支えられています。例えば、人命に関わる気象予報や災害予測は即時性と共に高い精度が求められます。しかし、気象の予測は非常に複雑で、かつ多くの計算資源と時間を要することが課題となっていました。これを解決するために、気象の分野ではスーパーコンピュータによるシミュレーションと観測データを統合する「データ同化」技術によって、ゲリラ豪雨のような突発的な気象災害の予測をスピーディかつ高精度なものにしています。
製造業の現場も同様です。CAEは製品の強度や性能、安全性などを試作品なしで検証できる強力なツールであり、ものづくりの根幹を成しています。しかし、 その裏側で、開発者は常に「時間」との制約と戦っています。
例えば、自動車全体の複雑な流体解析(CFD)には、企業が保有するHPC環境を活用しても、数日から数週間を要することも珍しくありません。世界最速クラスのスーパーコンピュータ「富岳」でさえ、解くべき課題によっては多くの計算時間を必要とします。この 時間的制約が、設計の試行錯誤回数を制限し、革新的なアイデアの探求を妨げ、結果として開発リードタイムの長期化とコストの増加を招いています。
この ジレンマを解消し、開発のスピードと質を飛躍的に向上させる技術として注目されているのが、「サロゲートモデル」です。

サロゲートモデルとは

サロゲートモデルとは、一言で言えば、膨大な時間のかかる数値シミュレーションをAIが肩代わりする「代理モデル」のことです。従来の数値シミュレーションとは、そのアプローチが根本的に異なります。

従来の数値シミュレーションとサロゲートモデルの違い

● 従来の数値シミュレーション
物理法則の数式(微分方程式など)を、HPCを用いて逐次的に解いていきます。精度は非常に高い反面、計算時間とコストが膨大になります。また、詳細なモデルの構築やパラメータ調整など、プレ処理には高度な専門知識と多くの工数が求められます。

● サロゲートモデル
従来のシミュレーション結果や実験データを「教師データ」としてAIに学習させ、入力条件(設計パラメータなど)と出力結果(性能、挙動など)の関係性をモデル化し推論により解を得ます。学習には時間とコストがかかり、数値シミュレーションと比べ、精度は下がるものの一度モデルを構築すれば、新しい入力条件に対する結果を瞬時に予測することができます。

高精度な数値シミュレーションと、リアルタイムな結果出力が可能なサロゲートモデル。これらを適切に使い分けることで、開発のスピードと質を飛躍的に向上させることが可能になると考えられています。

3D流体サロゲートモデルとOpenFOAMによる設計・解析の比較図
図1:数値流体解析ソフトOpenFOAMを活用した設計とサロゲートの設計

例えば、潜水艦開発において水の抵抗を最小化し、走行性と安定性を高めるケースを考えてみましょう。従来の数値シミュレーションでは、設計者は物体モデルのボクセル化、流体特性の設定に加え、非常に多岐にわたる項目について(プレ処理)を高い専門性と多くの時間をかけて設定していきます(図2上部参照)。その後、OpenFOAM等の数値流体解析ソフトで計算を実行し、結果を可視化します。一方、サロゲートモデルを活用する場合、事前にAIへの学習が必要となりますが、一度学習が完了すれば、物体モデルのボクセル化、流体特性の設定後、推論フェーズでは計算時間はほとんどかかりません(図2下部参照) 。このアプローチにより、従来の約5分の1まで計算時間を短縮することに成功しました。

数値流体シミュレーションと流体サロゲートの比較、処理工程、計算時間短縮、プレ処理・計算処理・ポスト処理、7時間から1時間20分への高速化
図2:数値流体シミュレーションと流体サロゲートモデルにおける解析時間比較

*OpenFOAM:Open Source Field Operation And Manipulation, 汎用流体解析ソフトウェア

サロゲートモデルの信頼性を高めるPiNNs: Physics-Informed Neural Networks

データ駆動型でAIモデルを構築する場合、十分なデータが揃わない、また出力された結果の根拠が不明瞭で信頼できないという事があげられます。そこで、注目されているのが、PiNNs: Physics-Informed Neural Networksです。従来のデータ駆動型AIが教師データに依存するのに対し、PiNNsは物理法則そのものを組み込んだニューラルネットワークです。これにより、たとえ学習データが少ない場合でも、物理方程式に則った出力をするため、矛盾のない、信頼性の高い予測が可能になります。

サロゲートモデルがもたらす「3つのメリット」

サロゲートモデルの導入には主に3つの大きなメリットがあります。

1. 多目的最適化で加速する設計プロセス

サロゲートモデルを多目的最適化に利用することで、リアルタイムに近い意思決定ができるようになります。「美しさと性能」といった、相反する要求に対しても数分のうちに最適な設計案を提示することができます。例えば、自動車の形状変更において、デザイナーが変更を加えると数分のうちに空力性能を出力。デザイナーとエンジニアは 同じ会議室で即座に連携し、デザインと性能の影響をその場で議論できるようになります。リアルタイムの協働が可能になることで、性能と意匠を両立したデザインを効率的に実現し、開発の意思決定スピードが飛躍的に向上します。

2. 時間・コスト削減

解析時間の短縮によりHPCリソースの利用時間は劇的に減少します。 開発リードタイムの短縮はもちろんのこと、従量課金制のHPCクラウドを利用している企業にとっては、莫大なコスト削減に直結します。削減できたリソースを、より難易度の高い解析や、新たな研究開発に振り向けることも可能になります。

3. イノベーションの加速

サロゲートモデルの真価は、デジタルツインとの融合によって最大化されます。 デジタルツイン上でのインタラクティブな高速シミュレーションが可能になれば、これまで観測困難だった事象の再現や影響を事前検証ができるようになります。より現実世界に近い空間での検証の可能性は、製品開発から社会課題の解決に至るまで、あらゆるイノベーションを加速させる原動力となります。

サロゲートモデル導入を阻む「3つの壁」と富士通の技術

多くの企業にとってサロゲートモデルの導入は簡単なものではなく、以下のような課題も あります。
1. AIの専門家がおらず、サロゲートモデルの導入・構築が困難。
2. AIの予測精度に不安が残り、実務で使えるか判断できない。
3. 計算環境の不足や、どのような計算環境を準備すればよいか分からない。
このような課題に応えるため、富士通はHPC技術と最新のAI技術を融合させた「AIサロゲートモデル検証プラットフォーム」の提供を開始しました。 企業がサロゲートモデル導入の第一歩を、安心して、かつスムーズに踏み出すためのPoC環境です。

AIサロゲートモデル検証プラットフォームのメリット

● AI専門家でなくても利用可能
JupyterLabを活用して、対話形式の簡単な操作でサロゲートモデルを作るためのPythonプログラミングができます。AIの知識がなくても段階的にサロゲートモデルを理解し、構築・検証ができます。

● 精度と信頼性の確保
富士通が独自に構築したベースモデルにお客さま データを活用することで強化モデルを作成できます。AIとHPCの専門家によるサポートにより、少ないデータからでも精度を高めるためのノウハウを提供し、試行錯誤のプロセスを効率化します。

● 計算機リソースと将来の拡張性
本検証プラットフォーム利用の際にはクラウド環境を貸し出します 。今後は現在お使いのオンプレミス環境での利用も可能です。さらに、富士通が開発中の次世代のArmベースのプロセッサ、FUJITSU-MONAKAにも最適化されており、将来的にはスーパーコンピュータ「富岳」の後継機との連携も見据えています。

本検証プラットフォームを活用することで得た知見を、将来の本格導入や、より大規模な計算にスムーズに繋げていくことができます。

*FUJITSU-MONAKA:この成果は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助事業の結果得られたものです。

数値シミュレーションのパラダイムシフトに対応するFUJITSU-MONAKA

AI技術の進化、特に機械学習における膨大なデータ処理は、数値シミュレーションに新たなパラダイムシフトをもたらしています。これまでに述べたように、従来のシミュレーションが抱えていた「計算時間の壁」の課題に対し、AIを用いたサロゲートモデルは強力な解決策となりえます。
この変革を支える中核となるのが、次世代プロセッサFUJITSU-MONAKAです。本プロセッサは2027年のリリースを予定しており、クラウドでの提供も検討されています。 本記事で紹介した「AIサロゲートモデル検証プラットフォーム」も、 FUJITSU-MONAKAに最適化・高速化されることで、 真価を最大限に発揮します。AIモデルの学習にはGPUが多用されますが、一度学習されたモデルに基づく推論処理においては、必ずしもGPUが最適とは限りません。FUJITSU-MONAKAは、 推論処理に特化して設計されており、AI専用命令を搭載することでCPU単体でも競合製品と比べて高い性能を発揮します。FUJITSU-MONAKAはHPCとAIを融合させることで、科学研究におけるAIの活用(AI for Science)を加速させ、研究の効率と生産性を大きく向上させます。

終わりに:競争優位性を確立する次の一歩へ

AIの急速な進化は、日々目覚ましいスピードで多くの変革をもたらしています。
一方で、「興味はあるが、どこから手をつければよいか分からない」、あるいは「AIをCAE業務に活用しても、本当に費用対効果が見合うのだろうか」といった、期待と不安が入り混じる声も少なくありません。
富士通の「AIサロゲートモデル検証プラットフォーム」は、そうしたお客さま が、第一歩を踏み出すために開発された検証用のプラットフォームです。
是非この機会にFujitsu Research Portalからご体感ください。

*AIサロゲートモデル検証プラットフォーム:この成果は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助事業の結果得られたものです。

Fujitsu Research Portal

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