AI 職人がマグロを目利き!水産加工業をDXする富士通の技術とは?

Article | 2025年5月28日
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日本人が愛してやまない魚といえば、やはり筆頭はマグロ。しかし、大トロが取れるクロマグロは、2025年の初競りでは1本2億円の値がつくなど、庶民にとっては高級品です。
こうした中、お手頃価格で味もよいと、人気が高まっているのが「ビンチョウマグロ」です。このビンチョウマグロの流通を増やそうと、静岡県のスタートアップ・ソノファイ株式会社が、富士通のAI技術を活用し、マグロの脂のりを解析する装置「ソノファイT-01」を販売します。職人に頼っていた魚の ”目利き” をデジタル化することで、時短・省力化など業界のDX化が期待されています。
本記事では、注目を集めるこの新技術と、富士通の未来へ向けた技術戦略をご紹介します。
※所属・役職は取材当時のものです
AI ×マグロ!大盛況だった報道発表会
ガー、ピピッ、ガシャン!検査にかかる時間は、約12秒。
カチコチに凍ったマグロが、装置の上をコンベヤで運ばれていきます。マグロがゲートの中で止まると、4方向から機械のアームが伸びて、先端を魚の胴に押し当てました。瞬きする間に検査は終了し、モニターにマグロにどれほど脂がのっているかの判定が表示されます。3段階評価で一番上の「脂極み」の表示が出ると、装置を取り囲んでいたメディアが一斉にシャッターを切りました。
AI(人工知能)や量子コンピューティングなど先端テクノロジーを研究する富士通研究所は、研究成果をメディアやアナリストなどに知ってもらう発表会を定期的に開催しています。
2025年4月、富士通のAI技術を搭載した「ソノファイT-01」のお披露目が、川崎市の富士通本社で開かれました。報道メディア約30社・60人が集まる大盛況で、AIへの関心の高さと日本人のマグロ愛をうかがわせるものでした。

高付加価値のビンチョウマグロを12秒で選別する「ソノファイT-01」とは!
さて、この冷凍ビンチョウマグロの検査装置に搭載された画期的な技術とは、どのようなものでしょうか。改めて解説します。
「ソノファイT-01」は富士通と、食品加工装置を製造する株式会社イシダテック(本社 静岡県焼津市)、それに、マグロの味を研究する東海大学が、共同で開発しました。イシダテックから事業を切り出し独立したスタートアップ企業、ソノファイ株式会社(本社 静岡県焼津市)が販売を手掛けます。
富士通は、独自に開発した超音波解析AI技術を提供しました。凍ったビンチョウマグロに、超音波を4方向から当てて、身の脂のりを調べます。骨など内部からの音の反射データをAIで解析し、脂の多さを3段階で評価する仕組みです。
今回の装置が対象としたのはビンチョウマグロです。体長50センチから100センチで、日本で水揚げされる主な6種のマグロ属の中で最も小型です。漁獲量は多く、2021年に世界で漁獲されたマグロ類全体の約10%を占めます(約20.6万トン)。これは、最も高級とされるクロマグロの、約4倍もの量(4.9万トン)にあたります。(*1)
水揚げされたビンチョウマグロは、主に缶詰に加工されます。しかし近年、「脂がのったビンチョウマグロはおいしい」という評判が広がり、回転ずしのネタやスーパーマーケットの刺身として引き合いが増えています。これらの生食用は「びんとろ」「トロビンチョウ」などと呼ばれ、缶詰用の倍の値段がつくこともあるということです。
(*1)水産庁. “カツオ・マグロ類に関する国際情勢について”. 2024-6. https://www.jfa.maff.go.jp/j/tuna/attach/pdf/index-28.pdf, (参照2025-4-15).

(下)脂がのったビンチョウマグロは刺身でもおいしく、ニーズが増えている
技術的なブレークスルーは冷凍魚の超音波解析
装置を販売するソノファイの本社がある静岡県は、ビンチョウマグロの水揚量が全国1位です。(*2) 水産業用の装置を開発していたソノファイの石田尚代表取締役社長はビンチョウマグロの内、高付加価値をつけられる生食用「びんとろ」の流通をもっと増やしたいというニーズが地元の水産加工業に高まっているのを感じていました。
課題は「びんとろ」が取れる、脂がよくのった個体の探し方です。従来は、マグロの尻尾をのこぎりで切断。断面を職人が観察する「尾切り判別」という方法で、よい魚を選別していました。熟練が求められ、1本あたり60秒程度かかるといわれています。ビンチョウマグロは数が多すぎるため、全数を検査して探したくとも、できなかったのが現状です。
「全てを正確に検査すると時間や人手がかかりすぎる。もしこの課題が解決できれば、生産者や流通加工業は高い付加価値をつけられる商品を増やすことができます。消費者にとってはより好みの味を手に入れられる可能性が高くなります」と石田氏。
(*2)静岡県. “みなみまぐろ(冷凍)、びんなが(冷凍)、めばち(冷凍)、きはだ(冷凍)、めかじき(冷凍)、かつお(冷凍)の上場水揚量日本一”. 静岡県の日本一Myしずおか日本一100. 2025-1-31. https://www.pref.shizuoka.jp/kensei/information/myshizuoka/1002255/1040934/1011248.html, (参照 2025-4-15).

職人の腕に頼る選別では数をさばききれないという課題に対し、富士通は超音波解析AI技術という解決方法でアプロ―チしました。
この技術は、音が物体の中から反響するデータをAIで解析するもので、富士通のクラウドベースのAIプロダクトサービス「Fujitsu Kozuchi」が提供している中核技術のひとつです。
一本釣りやはえ縄漁で獲られたビンチョウマグロは、船上で冷凍され、凍ったまま港に水揚げされます。これまでは、凍った魚の解析は、生魚に比べ難しいとされてきました。冷凍品は、内部に多くある氷の結晶のせいで超音波が急速に減衰してしまうため、分析評価に適さないノイズがデータに混ざってしまう問題がありました。
富士通の研究者は約200本分の冷凍マグロのデータを使って分析し、冷凍のビンチョウマグロは、500キロヘルツの周波数であれば解析できることがわかりました。さらに、ノイズを回避して脂ののりを判定するために、3種類のAIを使ったアルゴリズムを新しく開発しました。
AIによる解析と、熟練の技術者による選別とを比較した結果、AIがやや上回る判定精度でした。共同研究に携わった東海大学海洋学部水産学科の後藤慶一教授は、「尾を切って断面で目利きする方法では、ビンチョウマグロの場合は色の違いが見分けにくく、また尾まわりの脂のりを見るため、胴体については推測だった。この技術は、冷凍魚の内部の情報を可視化でき、画期的だ」と話しています。
超音波解析AIを活用する優位性がはっきりと出たのは、判別にかかる時間です。職人が約60秒かかるのに対し、ソノファイT-01は12秒で行うため、80%削減できることがわかりました。これは、水揚げした全尾の計測が可能になる計算です。

「尾を切断する危険な作業を減らすことができて労働環境の向上につながるし、作業員に専門スキルも必要ないなど多くの特長があります」(石田氏)
今後、「ソノファイT-01」は、流通量が多い冷凍キハダマグロやメバチなど、違う魚種も選別できるようにアップデートを図る予定です。また、魚の体長や重さを計測・記録することで、海洋資源の管理にも貢献することも目指しています。
パートナー企業と富士通のテクノロジーを新規マーケットに
今回の協業は、両社がメディアプラットフォームnoteに掲載した記事を読んだ地元の関係者が、技術を使ってくれる企業を探していた富士通と石田氏を引き合わせたことがきっかけでスタートしました。
富士通AI戦略・ビジネス開発本部本部長の岡田英人は、技術を社会実装する際の課題について、次のように話しています。
「技術を使ってくれる企業を探す場合、IT業界など同業種については、スタートアップ企業に支援プログラムを提供するアクセラレーターやベンチャーキャピタルのコミュニティがアメリカなどに存在し、企業とマッチングできるスキームがあります。しかし、IT業界以外の協業パートナーを見つけようとすると、既存のスキームでは難しいのが現状です」(岡田)
特に、競争が激しいAI領域では、技術をいかにスピーディに社会に届けられるかが重要です。「ソノファイT-01」の研究開発にかかった期間は、約3年。岡田は「研究開始から社会実装まで3年でできたことを非常に誇りに思います」と話します。

富士通では、自社の先進技術に関するAPIやアプリケーションをポータルサイト Fujitsu Research Portal(https://portal.research.global.fujitsu.com/)において無料で公開していて、業界の枠を超え多くの企業に活用してもらおうとする試みを始めています。現在、ポータル上にデータ分析や生成AIなどに関する50以上のAI技術を掲載しています。
この試みは、スピードが増すテクノロジーの進化への対応の一環として始まりました。富士通は従来、研究所で独自開発した技術を社内で事業化することがほとんどでしたが、イノベーションが加速する中、より早く技術を社会で活用してもらえる方法を模索しています。今回の「ソノファイT-01」 は、研究所の技術を直接企業とマッチングできた事例で、富士通ではこのような取り組みを強化していきます。
「研究所でIP(特許)をとった技術を、スタートアップ企業など、富士通の現業にとらわれない新しいパートナーにもっと使っていただきたい。ソノファイと結んだようなパートナーシップをこれから増やしたいと考えています」(岡田)

「ソノファイT-01」は水産加工業者や漁協向けに2025年6月から販売開始予定。海外へも展開予定で、今後5年間で100台の販売を目指しています。富士通は、テクノロジーによってクロスインダストリーな社会課題を解決してまいりたいと考えています。


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