AI×デジタルリハーサルが導くレジリエンス変革 サプライチェーンリスクを予行演習する
Report | 2026年3月2日
この記事は約5分で読めます
サプライチェーンにおいて、私たちが追い求めてきた「効率性」という名の成功方程式は今、有効期限を終えようとしています。これは脅しではありません。地政学リスクの増大、既存の秩序の崩壊、常態化する異常気象。私たちが直面する「永続的な危機(Permacrisis)」が明らかにした冷徹な事実です。
これまでのグローバルサプライチェーンは在庫を極限まで削減するジャストインタイム方式、あるいは無駄を排除するリーン生産方式を徹底して高い効率性を実現してきました。これらのモデルは人・モノ・情報が安定的に移動するという暗黙の前提の上に成り立っています。従来の土台が崩れ始めた今、効率性に振り切ったサプライチェーンはわずかな混乱で機能不全に陥る脆弱性を露呈しているのです。
サプライチェーンに関わる経営課題はもはや、「いかに効率的に供給し、コストを削減するか」というオペレーションの最適化ではありません。「もし、これまで経験したことのない危機が起きても自社のビジネスは生き残り、成長を続けられるのか」。問いはより本質的で、根源的なものへと変わりました。
過去のデータに基づくBIツールや需要予測モデルでは、この問いに十分に答えるのは困難です。不確実時代に求められるのは、未来に起こりうる無数の危機を能動的に「予行演習」すること。そして、収益性を最大化する戦略的な打ち手を事前にとり、レジリエンス(強じん性)を確保することです。
これらの解となり得るのが「デジタルリハーサル」です。現実のサプライチェーンを仮想空間に忠実に再現するデジタルツイン上で独自のAI技術を駆使し、データに隠された様々な因果関係を素早く、精緻に解き明かす革新的なアプローチと言えます。「もし特定の海峡が3ヶ月封鎖されたらどうなるか」といった複雑なシナリオでも①リスクシナリオ分析②シナリオ予測③施策立案―を客観的かつ定量的に評価をし、提示します。不確実性という海図なき航海の真っただ中にある企業にとって、AI×デジタルリハーサルという科学的な視点で導かれたインサイト(洞察)は、「ありたい未来」を照らす灯台となるはずです。
本稿ではサプライチェーンを取り巻く最新のグローバル動向、富士通のデジタルリハーサルの特長、デジタルリハーサルを最適活用するための3ステップについて包括的に紹介します。未来は予測するものではありません。自らデザインし、自ら変革し続けてつかみ取るものなのです。
Section 1:脆弱な現実 サプライチェーン変革は待ったなし
サプライチェーンの脆弱性は国・地域をまたいだ全産業共通の経営課題です。戦後、世界の経済成長を支えてきたグローバリゼーションの潮流が大きな転換点を迎えていることが背景にあります。
世界経済フォーラムの「Global Risks Report 2026*¹」では、不確実性を2026年の主要なテーマに掲げています。世界1,300人以上の専門家に調査したところ、今後2年間にわたって経済情勢が「荒れた」または「嵐のような」見通しと答えた割合は50%に達しました。10年後の同見通しは57%に悪化しています。さらに「多国間主義は後退している」とし、「保護主義の高まりが長年の国際関係、貿易、投資を脅かし、紛争の可能性を高めている」と指摘しました。
マクロ環境の変化による企業への影響は年々大きくなっています。Allianzが約100国・地域、3,338人のリスク管理専門家を対象に調査した「Risk Barometer 2026*²」によると、サプライチェーンの混乱を含む「事業中断」は大きな脅威のトップ3に入りました(図表1)。技術革新の影響はこの数年間でさらに強まる可能性があるとし、「サプライチェーンは前例のない圧力を受けている時代」と強調。自社のサプライチェーンを「非常に強じんだ」と答えた割合は、わずか3%にとどまっています。
これらのデータが示すのは「既存のモデルは役割を終えた」という厳しい現実です。複雑に絡み合うリスクを能動的に捉え、しなやかに対応する次世代モデルへの移行は今や選択肢ではありません。不確実時代を生き抜く、企業の生存と持続的成長に直結する喫緊かつ、欠かせない変革なのです。
Section 2:デジタルリハーサルで未来の洞察を手に入れる
では、どうすれば次世代のサプライチェーンモデルを構築できるでしょうか。重要なのは、未来を正確に「予測」することではありません。起こりうる未来をできる限り「予行演習」し、どんなシナリオが現実になっても最適に近い対応ができるように洞察を手に入れ、いくつもの備えを重ねておくことです。
従来の多くのサプライチェーンシミュレーションは、人間が事前に設定した変数やパラメータの範囲内で「もしAならばB」を検証するものでした。一方、富士通のデジタルリハーサルでは、AIが未知のリスク要因とその複雑な連鎖(中間要因)を発見し、「もしXが起きればYを経由してZという結果に至る」という未知のシナリオを能動的に提示します。相関関係から「何が起こりそうか」を当てるのではなく、「なぜそれが起こるのか」という因果の本質に迫るのです。
すでに先進的な複数のグローバル企業とのPoCを通じ、ビジネスの予見可能性を高めるいくつかの効果が確認されています。本章ではデジタルリハーサルを構成する3つの技術群(図表2)を通じ、読者の皆さまの「ありたい未来」を共創する道を拓きます。
デジタルリハーサルは、現実世界の情報を仮想空間で実現する「デジタルツイン」で、事象の原因と結果を紐解くAIを駆動させる仕組みです。既存の生成AIは言語パターンから確率的にもっともらしい事象を連想しますが、物理世界や経済における複雑な因果関係の連鎖までを正確にモデル化するのは難しいという本質的な課題に対応しています。
また、Web上の公開データや企業内のデータをリアルタイムで整理・統合し、地政学リスクや気候変動、都市開発といった様々なビジネスの変動要因ごとに、サプライチェーン全体の影響評価や改善施策を素早く、客観的・多面的に提案します。
リスクシナリオ分析:外部の変化がサプライチェーンに及ぼす影響の連鎖を可視化します。例えばある地域で紛争が勃発したらどうなるか、というシナリオを立てます。影響としては輸送の遅れ、運賃上昇、損失拡大などが考えられますが、「なぜそうなるのか」を精緻に、客観的に把握するのは容易ではありません。
デジタルリハーサルでは既存の生成AIでは難しかった中間要因を連鎖的に抽出します(図表3)。紛争ぼっ発という「原因」と、運賃上昇という「結果」を例に挙げます。両者の間には船舶の運航リスク、保険料上昇、経済制裁、船積み遅延、輸送船不足など、多数の出来事が起きるかもしれません。これらの起こりうる事態を相互に結び付け、結果に至るまでのそれぞれの確度も示します。因果を結ぶ中間要因を網羅的に分析し、説明可能にすることで、チョークポイント(事業に欠かせない特定領域)を守る戦略を事前に立てたり、代替手段の選定に先手を打てたりといった対策を競合より先にとれる可能性が高まります。
シナリオ予測:分析で得たシナリオごとに運賃が中長期的にどう動くかを予測します(図表4)。因果を結ぶ中間要因に沿って、「1年後には収束」「軍事的エスカレーションが加速」「許容範囲内で乗り越える」など、将来起こり得る複数のシナリオを生成します。それらに応じて、時系列の変化の予測を立てます。
データが不ぞろいの場合は過去の類似事例からデータを推定することで補います。従来の専門家の主観ベースではなく、多くの視点による客観的なシナリオをもとに次の打ち手を取れるようになります。ある企業とのPoCで、複数のシナリオごとに運賃の時系列の変化を予測したところ、運賃が急上昇する傾向を正しく捉えられました。企業からは「従来は人間が属人的にやっていたが、誰がやっても対応できるようになり組織の力が上がる」と、インテリジェンス向上につながるとの評価を得ています。
施策立案:生物の進化の過程を模倣して最適な手法をとる「進化計算融合」の独自技術を活かし、サプライチェーンモデル変革を促す複数の改善案を提示します。運賃が上昇する場合に備え、生産計画調整や輸送手段変更、調達先変更、拠点集約といった具体的なアクションを示します。さらに、どうすれば逸失利益を最小限に抑えられるかなどの観点からAIが様々なシミュレーションを重ねます。数千規模の候補から人間の知見だけでは気づきにくい案も導き出し、最適な提案を示します(図表5)。
富士通は今後も様々な企業との協業を通じ、デジタルリハーサルをさらに進化させます。外部のリスク情報と企業内のビジネスデータを統合してリスクを一括で検知し、分析や対策につなげる新たなプラットフォームとの連携のほか、エージェント型AIの導入も見据えています。多様な技術群を総合的に開発・運用・実装できるケイパビリティが、「未来の予行演習」という価値提供の基盤になると確信しています。
Section 3:おわりに
不確実性がかつてなく高まる時代において、企業の競争優位は「何を解くべきかという本質的な問いを立て、解決に向けて変革し続ける力」に大きく左右されます。本稿の最後に、デジタルリハーサルを最適に使いこなして競争優位につなげる3ステップを提唱します。
Step 1: データ基盤の整備と「問うべき問い」の定義
変革の出発点は「自社を正確に知ること」です。社内外のサプライチェーン関連データを一元化し、データの清浄性や正確性、高い品質を担保しましょう。散在する多様なデータを統合し、アクセス性を高め、意思決定を支える確かな情報とすることが欠かせません。同時に、データを使って「自社が解決すべき最も重要な問いは何か」を定義し続けることです。リスクは同時多発的に起きています。ビジネス環境の変化に応じ、問いと思考の歩みを止めないことが、ぶれない変革の礎となるのです。
Step 2: 小さな予行演習と洞察の獲得
定義した問いに基づき、最もクリティカルな領域でPoCによる「小さな予行演習」をします。初期のPoCでは短期的なROI(投下資本利益率)のみを追求するのではなく、これまで見えなかった脆弱性、新たなビジネス機会といった戦略的な洞察を獲得することに主眼を置くべきです。「自分たちの常識は間違っていた」という一つの実体験が、将来の大きなリターンへのもっとも価値ある投資であり、変革への強力な推進力となります。
Step 3: インテリジェンスの組織への定着と文化の醸成
小さな成功体験で得られた確信を全社的な強みへと昇華させます。PoCで実証した予行演習の過程を、サプライチェーン部門や経営会議のアジェンダに正式に組み込みます。重要なのはデータサイエンティストや事業部門のドメインエキスパート、経営層が一体となり、データに基づいて未来を問い、議論をし、学ぶ(時に失敗する)というサイクルを企業文化として根付かせることです。ツールを導入して終わりではありません。デジタルリハーサルから得られる洞察を戦略的な意思決定に活かすには、まず人が変わる必要があります。専門人材の採用や育成、部門横断の協業体制の構築が欠かせません。並行して業務プロセスやITアーキテクチャといった組織の仕組みそのものを変革していくのです。
未来は受動的に予測するものではありません。無数の可能性の中から自らの意志で選択し、ありたい未来への道筋を能動的にデサインする時代です。レジリエンスの確保はもはやコストではなく、未来の企業価値を創造する源泉なのです。変革への覚悟と実践こそが、その第一歩となります。
鈴木 大祐
Daisuke Suzuki
富士通株式会社 グローバルマーケティング本部
マーケティング戦略統括部 コーポーレートインサイト部
部長
日本経済新聞社、PwC Japanを経て2024年3月に富士通入社。日本経済新聞では記者、デスクとして約18年間、財務省、金融庁、経済産業省など中央省庁の政策取材のほか、エネルギーやスタートアップなどの業界を担当。PwC JapanではThought Leadershipの企画立案、編集、執筆をリード。
関連コンテンツ
様々な不確実事象に備える中長期戦略立案向けサプライチェーン・デジタルリハーサル技術を開発
Data & AI駆動のサプライチェーンで不確実時代の「関税パズル」を解く
「ソブリン基盤」のための国産技術をフルスタックで開発していく