サステナビリティを競争力へ。2030年を見据えた企業戦略
ステークホルダーダイアログ2025
富士通では、様々なステークホルダーからの意見を経営に活かすため、2010年から外部有識者の方々とのダイアログを実施しています。2025年10月に開催されたダイアログでは、World Business Council for Sustainable Development (注1) President & CEO Peter Bakker氏と「外部環境の変化とサステナビリティをビジネスに統合する企業戦略」について意見を交わしました。
参加者
World Business Council for Sustainable Development
President & CEO
Peter Bakker氏
2012年より持続可能な開発のための世界経済人会議/World Business Council for Sustainable Development (以下、WBCSD)のPresident & CEO。企業のサステナビリティアドバイザリーの要職も兼任。WBCSD就任以前は、国際的なロジスティクス企業であるTNT NVのCEOなど歴任。2023年TIME誌のビジネス界における「トップ100気候リーダー」の一人に選出されている。
富士通
古田 英範
取締役会長
時田 隆仁
代表取締役社長 CEO
山西 高志
執行役員常務 CSSO(Chief Sustainability & Supply Chain Officer)
*2025年度役職
はじめに
現代の企業経営は、地政学リスクによる市場のマルチリージョン化、深刻化する気候変動、そしてAIをはじめとするテクノロジーの急激な進化が複雑に絡み合うメガトレンドの渦中にあります。2025年度のダイアログでは、これらの外部環境の変化がビジネスに与える影響を多角的に議論しました。特に、AIやデジタル技術が事業の透明性を高め価値創造のあり方を根本から変革する一方、その進化には人間中心のガバナンスが不可欠であるという重要な視点が共有されました。さらに、サステナビリティは、企業の競争力を左右する経営の中核課題へとその位置付けが大きくシフトしており、金融市場も新しい価値基準に基づき、リスクと機会を評価し始めていることを話し合いました。
サステナビリティを取り巻く課題
Peter Bakker氏(以下、Bakker)
私たちは急速に変化する世界に生きています。世界経済は、地政学、貿易摩擦、そして多様化する規制アプローチによってよりマルチリージョン(注2)となりつつあります。世界的に事業を展開する企業にとって、これは新たな複雑さをもたらしていますが、同時に、レジリエンス、競争力、そして長期的な戦略を再考するための新たな機会も生み出しています。
気候変動は避けられない地球規模の課題であり続けています。各地域で異なる政策が打ち出されるかもしれませんが、経済、サプライチェーン、社会に対する根底にあるリスクは共通しています。国も企業も、単独でこれらの課題を対処することはできません。この課題を乗り越えられるかは、継続的な協力関係、共通の目標、信頼できる基準、相互運用可能なシステムが出来るかにかかっています。日本や世界の企業が地域を越えて協力する力が、長期的な競争力を維持するために不可欠となるでしょう。
時田
そういった意味では日本は今、難しい立場に立たされています。ただ、これを機会ととらえるならば、米国、中国、グローバルサウス、ASEAN、南米、アフリカを巻き込んで激動する国際情勢の中で、日本は重要な位置にあり、日本から生まれる多くのイニシアチブが世界に貢献することも可能でしょう。日本を代表するテクノロジーカンパニーの一つとして富士通の責任は他の企業と比較して大きいと考えています。
古田
WBCSDに参加する中でも、世界情勢の急激な変化は幾度か取り上げられており、私自身も注視すべきと思っています。WBCSDでは世界情勢に加えてサプライチェーンの物理リスクについても喫緊の課題として取りあげられています。直近の動きではWBCSDがハンドブック(注3)を発行されており、物理リスクについて経営層がどう対応していくべきかという観点で富士通内でも活用していきたいと思っています。
Bakker
洪水、台風、干ばつといった物理リスクの増加も、私たちが直面する差し迫った課題であり、これらはすべて大気中に過剰な(化石燃料等に由来する)温室効果ガスが蓄積されていることに関係しています。
2025年にニューヨークで開催された世界最大級の気候変動対策イベント「Climate Week NYC」では、「気温の上昇とともに物理リスクは指数関数的に増加する」という明確なメッセージが打ち出されました。
異常気象、水不足、熱波は、サプライチェーンの混乱、コストの増加を招き、レジリエンスを脅かしています。これは、企業の抱えるリスク環境を根本的に変えるものです。
特に、グローバルにまたがるサプライチェーンにとって、物理リスクは台風や洪水といった直接的な被害にとどまらず、地球温暖化が引き起こす二次的な影響もはらんでいます。例えば、以下のような問題が挙げられます。
・自然災害の発生しやすい地域における保険料の高騰と保険加入の困難化
・酷暑による、労働環境の悪化から生じる生産性の低下や健康被害
・農作物の収穫量減少による食料供給や陸上輸送網の混乱
WBCSDのハンドブック(注3)は、企業のバリューチェーン全体にわたる物理リスクに対して、CEOおよび経営層が果たすべき役割と実践的なフレームワークを提示しています。リーダーが認識から行動へと移行する手助けをしますので是非活用ください。
山西
富士通のCSSO(Chief Sustainability & Supply Chain Officer)としてサステナビリティとサプライチェーンの両面を見る中で、気候変動由来の災害がサプライチェーンにダメージを与えたり、サプライチェーン上の人権問題が調達に影響を及ぼすなど、両者は密接していると感じています。我々のサプライチェーンはグローバルに広がっているため、安定したサプライチェーンを維持するためには、まさに“サステナビリティ”そのものの課題に多角的な視点を持って取り組んでいく必要があると感じています。
AI時代における信頼構築
時田
富士通のパーパスは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくことです。これは、社員にとって重要な指針であると同時に、お客様と社会へのコミットメントでもあります。テクノロジーカンパニーとして「イノベーションを通じて」という言葉には深い意味が込められています。
AI時代において、私たちはAIを含む最先端技術を駆使し、イノベーションを起こしながら成長し続ける必要があります。その際、重要となるのは「Human Centric(人間中心)」であることです。テクノロジーは、人間の成長と進化のために存在すると考えるからです。
私たちは2020年にこのパーパスを発表し、企業理念である「Fujitsu Way」の中心に据えました。Fujitsu Wayの「大切にすべき価値観」は、パーパスを実現するために社員一人ひとりが持つべき「挑戦・信頼・共感」からなる具体的な行動の循環を示しています。
私はこの「挑戦」こそが、混迷する現代社会において優れた企業が示すべき行動と姿勢であると確信しています。富士通は2025年、川崎市で創業してから90周年を迎えました。現在、世界はデジタルトランスフォーメーションとAIの時代にあります。お客様と社会に価値あるサービスとソリューションを提供するため、当社はスーパーコンピュータや量子コンピュータといった最先端技術に注力していく方針です。
Bakker
AIは社会に大きな変革をもたらし、多くの可能性を秘めています。しかし、その高いデータ分析能力によって多岐にわたる課題解決を支援できる一方で、膨大なエネルギーと水資源を消費するという側面も持ち合わせています。AIが社会に与える影響はまだ十分に解明されておらず、多くの議論が必要です。
特に懸念されるのは、AIの発展が米国と中国による技術競争となり、共有されるべき成果よりも速度と規模が優先される危険性があることです。もし人工超知能(ASI)の追求が目的そのものになってしまうと、私たちは最も重要なことを見失うリスクを負います。本質的な問いは、誰が最初に達成するかではなく、AIがどのように使われるかです。最も重要なのは、ASIが特定のグループに特権的に用いられるのではなく、全人類の利益のために活用されるべきだという点です。
もし私たちが注意を怠れば、AIは共感も人間中心の視点もない、ただの競争になる危険性があります。また、開発が非常に速いスピードで進むため、ガバナンスが追いつかないという課題にも私たちは向き合わなければなりません。責任ある、包摂的で持続可能なAIを確保するには、政府、企業、社会の間での協力とリーダーシップが必要となるでしょう。
富士通を含むAI分野で事業を展開する企業は、人々とテクノロジーの関係において信頼が極めて重要な要素であることを理解しています。信頼が富士通の重要な価値観の一つであるならば、AIの開発を進める中で、世界中の人々とAIとの信頼関係をいかに維持していくかについて、深く考える時間を設けるべきです。その信頼を特定の地域だけでなく世界的にどのように維持し強化するかについて、慎重な検討が必要です。透明性、説明責任、人間中心の設計を確保することは、AIへの信頼を築き、社会のためにその潜在能力を最大限に引き出す上で不可欠となるでしょう。
時田
まさに今、人類は大きな挑戦に直面していると考えます。過去10年から20年間、テクノロジーは常に人間の補佐的な役割を担ってきました。しかし、AI時代を迎えた今、AIは人間の思考や行動を凌駕しつつあり、10年後にはむしろ脅威となる可能性も否定できません。一方で、テクノロジーカンパニーのCEOとして、私たちはAIを含む新しいテクノロジーの成長と進化を推進していきます。その中で、改めてHuman Centric(人間中心)という考え方を堅持することが極めて重要であると考えます。
Bakker
同意します。富士通をはじめ、多くの企業がAIに多大な投資を続けています。これはすでに競争となっており、スピードを上げなければ競争力を失ってしまうでしょう。富士通のような企業であれば、適切なガバナンスを導入し、人間中心主義を維持できるはずです。しかし、地政学的なリスクが懸念されます。競争が激化し、対話が不足している状況下で、誰がそのガバナンスの枠組みを構築できるのでしょうか。急速に進化するAIと人々との間で、いかに「信頼」を維持していくかについて、深く考察することを富士通には期待したいと思っています。
古田
AIにおける信頼は、非常に重要な要素です。富士通の研究開発組織の一つである富士通研究所では、30年以上にわたりAIの研究開発を続けてきましたが、その主要な研究課題の一つは、信頼性とAI倫理を深めることです。
時田
富士通は2019年以来、AI倫理に積極的に取り組んでいます。たとえばAI倫理機関である「AI4People」に加盟し、オックスフォード大学を含む学術パートナーや産業界と国際的な協力関係を築いています。私たちはAI倫理について議論するだけでなく、AIプラットフォームへのAI倫理の原則の実装も進めています。テクノロジーカンパニーとして社会の中心に立ち、新しい技術をリードする上で、信頼はあらゆる活動を支える基盤となります。テクノロジー分野だけでなく、地政学においても先行きが不透明な世界で信頼を築くことは困難を伴いますが、まさに私たちが取り組むべき課題です。
未来の社会を見据えた企業の活動
協業の重要性
Bakker
ビジネスにおいて、サステナビリティにどう取り組むかは依然として重要な課題です。必要なデータと情報は十分に揃いましたが、私たちが求める解決策を、実行に移すためのより良い方法を見つける必要があります。そして、この課題に一企業だけで立ち向かうことが不可能であるのは明白です。
数年前、私たちは2050年までにネットゼロ達成を目指すというコミットメントを掲げました。今後は、バリューチェーンの中で企業同士がどのように協力していくか、また政策立案者と協力してダイナミックな政策立案環境をどのように作り出すかが重要になってきます。
WBCSDには250社が加盟していますが、その250社の企業活動から多くの温室効果ガスが排出されています。この250社が協力できれば排出量を迅速に削減できるはずです。富士通を含め、多くの企業がそれに立ち向かうソリューションを持っており、他の企業はそれを必要としています。変化を加速していくため、WBCSDの役割は、企業をつなぎ、共通の行動を促進し、これらの解決策が業界や地域を越えて効果的に拡大されるようにすることです。
古田
富士通は、WBCSDのビジネスバリューチェーンの脱炭素化を進めるイニシアチブ「Emissions Reduction Accelerator(ERA)」を支援し、テクノロジーの力でWBCSD会員企業250社のバリューチェーンのGHG排出削減に貢献していきたいと思っています。
サステナビリティ=ビジネス戦略
Bakker
サステナビリティ分野全体において、私たちは転換点にいます。最近までは、高い目標を掲げ強力にコミットメントする企業を人々は評価していましたが、これ以上の目標は必要ないと考えます。今必要なのは、これらのコミットメントを達成するための行動と具体的なステップです。そのような中、富士通のサステナビリティの取り組みにおいて重要なのは、次の5年間で行動を起こすこと、実行力を加速させるために何をするかです。2050年に何をしたいかではありません。今後5年から10年に何を実現出来るかが問われています。
時田
まさに富士通の「Uvance」は今後5年、10年を見据えた事業モデルです。2030年の社会を想定し、そこからバックキャスト(逆算)して社会課題の解決に必要な7つの重点注力分野を定め、クロスインダストリーで社会課題の解決に貢献することを目指しています。
Bakker
また、サステナビリティを金融市場が語る文脈でビジネス戦略に発展させていく必要があります。金融市場が不確実性に直面すると、短期的な財務結果のみに焦点が当たりがちです。例えば、投資家向け説明会で報告されるのは財務状況のことであり、長期的な価値やサステナビリティではありません。
ビジネスの社会的インパクトについて、開示フレームワークはありますが、それらは経営課題のためのものではなく、ともすれば単なるコンプライアンスの作業になりつつあります。社会的なインパクト創出と企業のパフォーマンス向上が軌を一にしていること、そして金融市場がそうした企業のパフォーマンスを理解するために必要な情報を提供できれば、サステナビリティを事業に取り込むことが企業の競争力そのものであることを明らかにできます。
時田
現在、富士通社内では、今後10年間の戦略および次期中期経営計画について議論しており、重要な課題として、当社が貢献すべきサステナビリティの課題は何かということを協議しています。多くの投資家や株主は、財務面での大きな貢献と結果を期待しています。サステナビリティは事業成長とイコールではないと多くの人が考えていますが、それは誤解です。私たちは、社会を構成する一企業として、事業を通じてポジティブな進捗と結果を社会に示さなければなりません。私は企業の代表として他社のリーダー達とも対話をしていますが、多くのリーダーが現況を認識し、株主資本主義に代わるマルチステークホルダー資本主義を見出すための、正しい道筋について議論しています。ここでも、サステナビリティへの取り組みは重要視されています。
Bakker
富士通の次のサステナビリティ戦略は、まさにサステナブルなビジネス戦略であるべきです。適切な戦略を立てることができれば、結果として富士通はより競争力のある企業になるでしょう。今や企業におけるサステナビリティの課題は、「世界を救わなければならない」「ホッキョクグマを守らなければならない」といった道徳的な問いではありません。「これを行うことが、なぜビジネスにとって良いのか」「経営的なメリットが得られるのか」という問いかけになっているのです。
おわりに
Bakker
企業は変化を食い止めるのではなく、変化を積極的に支持し、これからの資本主義をどう変革していけるかという課題に真剣に取り組んでいます。しかし同時に、私たちを取り巻く状況は、企業が容易に選択できるほど単純ではないとも感じています。
富士通のように、テクノロジー分野で重要な役割を果たすリーディングカンパニーが、Human Centric(人間中心)という理念を掲げ、ガバナンスに真摯に取り組んでいけば、世界が直面するかもしれない最悪のシナリオを回避できるかもしれません。
時田
ありがとうございます。AIのような新しい技術の研究開発および実装をリードする上で、企業や社会との信頼を築くことは非常に重要です。現在のような不確実性の高い世界において、信頼の構築は大きな挑戦だと思いますが、テクノロジーカンパニーとして取り組んでいきます。そしてWBCSDと共に、サステナビリティと平和のための活動を継続し、社会に貢献していきたいと思います。
注釈
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注1 World Business Council for Sustainable Development(WBCSD):
ネットゼロ、自然共存型、そして公平な未来を実現するためのシステム変革を加速すべく協働する国際的なコミュニティ。世界の主要な持続可能なビジネス企業250社以上が参画している。 -
注2 マルチリージョン:
特定の地域または共通の目的で連携する複数の国々が、実質的な協力関係を築くこと -
注3 ハンドブック:
Physical Risk and Resilience in Value Chains - A CEO Handbook for executive engagement