研究者の夢

信頼できるAIへ。太陽放射線の発生と台風強度の高精度予測に挑む

プロフィール

柳瀬 隆史 / Yanase Takashi

宇宙データフロンティア研究センター
大学院工学系研究科卒
1999年入社
私のパーパス:どんな問題でもしなやかに着実に解決

Article|2026-02-10

日常の開発でやりがいを実感

ものづくりへの興味の芽生えは、中学時代に遡ります。パソコンを初めて手にした私は、ゲームや音楽を自作することに夢中になりました。このものづくりを通じた探究の喜びが、大学で工学を専攻するきっかけとなりました。富士通の研究所へ入社した理由は、インターンシップでの実習です。当時はまだ、企業の研究所がどのようなことをしているのか情報を得ることが難しく、「まずはやってみよう」という気持ちでインターンに参加しました。富士通では、大学で培ったプログラミングスキルを活かして魅力的なものづくりができると感じたこと、そしてそこで働く自分の姿を想像できたことが決め手となりました。

入社以来、私は自然言語処理(人間が使う言葉をコンピュータで分析・理解・生成する技術)関連のプロジェクトに携わってきました。特に情報検索やテキスト文書解析に重点を置き、お客様からの問い合わせメールなどの情報から重要なポイントを抽出し、要約する技術開発を担当してきました。これらの多様な自然言語処理技術開発を通じて、日常の困り事を解決し、業務効率を向上させることに喜びを感じました。

判断根拠を提示できるAI技術Wide Learningに注力

2019年から2021年にかけて、自然言語処理で培った知見を活かし、発見科学と機械学習を融合したXAI(Explainable AI:説明可能なAI)技術であるWide Learning(*1)のビジネス化を推進する役割を担当し。社外展示会での技術説明や、お客様と共に実証実験を行いました。Wide Learningは、幅広い分野の課題解決に貢献できる汎用性の高い技術です。特に、なぜそのような結果に至ったのか、その結果に影響を及ぼす要因を見つけて説明できる点は、この技術の大きな特徴の一つであり、多くのお客様から高い評価をいただいています。例えば、選挙結果データから当選・落選を左右する候補者の特徴や要因の組み合わせを効率的に見つけ出します。また、要件が伝わりやすいビジネス文書の特徴を様々な条件から発見することもできます。Wide Learningのプロジェクトでは、お客様の課題に合わせてデモンストレーションの見せ方を工夫したり、現場のシステムにWide Learningを適用するために、適切な学習用データをWide Learningにインプットを行ったりすることに注力しました。それぞれのプロジェクトにおいて着実に成果を上げ、それらを論文(*2)や書籍(*3)として公開できたことは、私にとって大きな喜びであり、今後の活動への大きな励みとなっています。

柳瀬 隆史 顔写真

二つの研究:太陽放射線の発生と台風強度の予測

現在、私は宇宙データフロンティア研究センターに所属しています。このセンターは2025年4月に設立され、宇宙に関する新たなビジネスの創出に貢献することを目指しています。センター長からの直接声をかけてもらったことが異動のきっかけでした。Wide Learningプロジェクトで培ったAI開発スキルが、宇宙天気の予測に貢献できる可能性があるのではないかと声をかけてもらったのです。宇宙天気とは、太陽放射線などの発生によって変動する宇宙環境のことで、地球上にも大小様々な影響を及ぼします。私にとって全く新しい分野ではありますが、AI開発者としての専門性を生かし、人の生活を守る宇宙開発研究に貢献できるこの挑戦に大きな魅力を感じ、異動を決意しました。当センターではAIを用いた太陽放射線の発生予測の研究開発を担当しています(*4)。太陽放射線が発生すると、人工衛星や航空機、さらには発電所などのインフラが被害を受け、送電停止といった深刻な影響を引き起こす可能性があります。もし事前に放射線の発生を予測できれば、警報の発令や、代替手段の準備など、効果的な対策を講じることが可能になります。AIを用いた、国立大学法人東海国立大学機構との共同研究内容も合わせてご覧ください(*5)。

また、もう一つの研究活動として、台風の強度予測の研究開発も行っています。こちらは、富士通スモールリサーチラボ(*6)のプロジェクトとして、横浜国立大学(*7)と共同で進めています。台風の予測には、進路予測と強度予測の二つの大きな課題があります。後者は、台風が急激に発達して日本に接近した場合、甚大な被害をもたらすことがあるため極めて重要です。一方で明日本当に強くなるのか、あるいは勢力が衰えるのかといった予測は非常に困難です。しかし、この予測は人命や財産への被害に直結するため、AIを活用することでわずかでも予測精度を高め、適切な備えができれば、被害を大幅に軽減できると考えています。

学習データの特性を見極め、信頼できる結果へ

太陽放射線の発生予測も台風の強度予測も、相手は解明が困難な自然現象です。そして、それらの予測では、精度の高さはもちろん、その結果が信頼に足るかどうかも重要です。そのため、私たちはWide Learningの技術をベースに、自然現象の予測ができるAIの開発を進めています。自然現象を対象にする場合には専門知識が欠かせません。例えば、太陽放射線現象の一つである太陽高エネルギー粒子事象の発生確率を予測する場合、太陽フレアの発生位置や継続時間、明るさ、発生履歴など事象発生と関連性を示すデータを抽出し、それらをAIの学習データとすることが必要です。このため、私たちは共同研究先の専門家と密接に連携しながら研究を進めています。

しかし、AIにデータをそのまま学習させても、期待するような結果は得られません。 データの整形、すなわち適切な前処理を行った学習データを入力する必要があります。 信頼できる結果を得るためには、私たち自身が学習データの特性を理解し、見分けることが大事です。学習のパラメーターを一つずつ変えながら仮説検証を繰り返し、試行錯誤で適切なデータを作り出すことは、地道で泥臭い作業に思えるかもしれません。しかし、これを怠らず確実に行うことが非常に重要です。「自然現象に対するAIの活用ノウハウを確立すること」を目標に日々研究に取り組み、予測結果の要因を説明できる、信頼性のある宇宙天気予測や台風強度予測の提供を目指しています。

挑戦を後押しする温かい人柄を目指し

大学院時代、研究室の指導教官とのある出来事がありました。情報検索を専門とする研究室でしたが、当時サークルでバンド活動に熱中していた私は、研究テーマとして「カラオケ検索」(メロディーや鼻歌からの検索)をやってみたいと思い切って申し出ました。さすがに却下されるだろうと覚悟していましたが、先生からは意外にも「面白そうだからやってみろ」という言葉が返ってきたのです。その懐の深さと柔軟さに、強く感銘を受けました。私は、新たな技術の研究開発やその実装にとどまらず、先生のように挑戦を後押しする温かい人柄を目指したいと考えており、その実現のために日々精進しています。

趣味は酒のつまみ作りです

関係者からのメッセージ

宇宙・自然科学分野には、衛星観測やシミュレーションなど多様で個性豊かなデータが存在し、その取り扱いはまさに自然と向き合う営みに等しい難しさを伴います。特に宇宙天気現象のデータは、大量のデータが揃っているとは限らず、限られた情報から本質を捉える洞察力が求められます。 柳瀬さんの幅広い分野で培われたデータ解析の経験を活かし、宇宙の知識だけでは解けない課題に対して誠実かつしなやかに向き合いながら、宇宙天気予測に新たな風を吹き込んでいただけることを心より期待しております。(宇宙データフロンティア研究センター 光田千紘リサーチディレクター)

本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです

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