研究者インタビュー

高度なシミュレーションと因果発見で加速する新たな材料開発

材料開発の現場は、試行錯誤型の実験が中心となりがちで、開発に長期間と高コストを要するという現実に直面しています。この背景には、高度な専門知識を持つ人材やデータ不足などの課題があります。これらの課題に対し、富士通は、高度な専門知識を必要としないシミュレーションや、その結果を分析できる因果発見技術を用いて、お客さまと共に新材料開発に挑みます。本記事では、これらの技術が材料開発の現場をどのように変革するのか、研究開発に携わる4名の研究員に話を聞きました。

2026年2月27日 掲載

RESEARCHERS

吉本 勇太

吉本 勇太 / Yoshimoto Yuta

富士通株式会社
富士通研究所
コンピューティング研究所
マテリアルズインフォマティクスPJ

松村 直樹

松村 直樹 / Matsumura Naoki

富士通株式会社
富士通研究所
コンピューティング研究所
マテリアルズインフォマティクスPJ

山崎 周

山崎 周 / Yamazaki Meguru

富士通株式会社
富士通研究所
コンピューティング研究所
マテリアルズインフォマティクスPJ

栗林 壮太郎

栗林 壮太郎 / Kuribayashi Sotaro

富士通株式会社
富士通研究所
コンピューティング研究所
マテリアルズインフォマティクスPJ

材料開発の課題

従来の材料開発は、研究者の経験と勘に頼る試行錯誤が中心で、多大な時間と労力を要していました。この課題を克服するため、近年ではシミュレーションを用いて材料の挙動を予測し、そのメカニズムを明らかにすることで、次にどんな材料を試作すべきか判断するための知見を得るアプローチが多く用いられています。さらに、シミュレーションとAIを組み合わせることで、膨大な選択肢の中から有望な材料候補をより迅速に探索する手法の活用も進んでいます。しかし、AIシミュレーションを用いた材料開発の現場には、まだ根深い課題があります。まず、シミュレーションに必要な計算化学と、AIに関する高度な専門知識を併せ持つ人材の不足です。加えて、AIの予測精度を高めるには、質の高い訓練データが大量に必要で、その作成には時間とコストがかかります。さらに、複雑な構造を持つ材料で起こる反応や、時間経過による変化などの挙動を解明するには、大規模で長時間のシミュレーションが必要です。このなかには、従来手法では計算に1,000億年以上かかるものもあり、現実的ではありませんでした。

富士通のAIシミュレーションを活用した材料開発プロセス

── 材料開発で、富士通の技術はどのように使われていますか。

吉本:材料開発のプロセスは、まず「こんな物性や特性を持つ材料が欲しい」という要求にもとづき、可能性のある構造を大量に生成することから始まります。次に、それらの候補をシミュレーション等でスクリーニングして有望なものに絞り込み、最後に実験で検証する、というのが一般的な流れです。富士通は、材料開発を加速させるため、「シミュレーション向けAI を簡単に作成できるツール」と「材料特性と構造の因果関係を発見するツール」を開発しました。

1つ目のツールは、材料の特性を予測する分子動力学シミュレーション向けのAI(機械学習ポテンシャル)を作成するツールです。分子動力学シミュレーションとは、原子に働く力を計算し原子のふるまいを再現し、材料の特性を高精度に予測する手法です。材料開発では、実際の材料に近い多数の原子で構成される材料のシミュレーションに高いニーズがあります。このツールは、数万〜数百万個の原子からなる材料を対象に、時間の経過による材料の変化を再現できる長時間のシミュレーションを行うためのAI を、簡単に作成することができます。学習に必要なデータセット自体を生成するため、事前に大量なデータを準備する必要はありません。また、AIに関する専門知識がなくても、簡単にデータを生成し学習させることができます。2つ目のツールは、因果による結果分析ツールです。大量のシミュレーションや実験結果を用いて、材料の構造と特性の間の複雑な因果関係(例えば、材料の構造という「原因」が、その化学反応や物性という「結果」にどのように影響しているか)を解析します。そして、富士通独自の因果発見技術(*1)により、特に重要な因果関係を抽出します。さらに、因果関係を可視化することで、どの構造がどの特性に影響しているのかが一目でわかるようになり、次にどのような材料を試作すべきかの判断を支援します。

新材料開発を支援する2つのツールを提供します

AIで高精度・長時間分子動力学シミュレーションを実現するGeNNIP4MD

── 1つ目のツールで実現できる分子動力学シミュレーションはどのようなものですか。

吉本:材料の特性を予測することができるものです。材料開発における物質の特性を予測するためには、二つの方法があります。量子力学に基づき、理論的に正確に計算する方法(第一原理計算)は、精度は高いですが計算に多大な時間がかかります。一方、従来から使われている物理法則である古典力学にもとづいた方法(古典分子動力学計算)は、計算速度は速いですが精度に課題がありました。

── 計算速度を速く、かつ精度を高めるためにどのようにアプローチしていますか。

山崎:私たちのチームでは、量子力学の精度と古典力学の計算速度を両立させる「機械学習ポテンシャル」に着目しています。機械学習ポテンシャルは、原子間の相互作用を予測するためのAIモデルです。AIが第一原理計算で生成されたデータを学習することで、第一原理計算よりも高速に、かつ、人の経験則や実験データをもとにしたモデルより精度の高い予測を可能にします。 我々は、材料の動的物性や化学反応を評価する分子動力学シミュレーションを行うAIを作成するツールGeNNIP4MD(Generator of Neural Network Interatomic Potential for Molecular Dynamics)を開発しました。GeNNIP4MDは、量子化学計算と同じ精度かつ高速に原子間の相互作用を予測するニューラルネットワークを構築することで、高精度・長時間のシミュレーションを実現します。

── 従来の分子動力学シミュレーションに対する、GeNNIP4MDの特徴と優位性は何でしょうか。

山崎:従来のAIを使ったシミュレーションでは、高精度なAIモデル(機械学習ポテンシャル)の構築に専門知識が必要で、そのための訓練データ作成にも多大なコストがかかりました。GeNNIP4MDの特徴は、必要な訓練データの効率的な生成から、AIモデルの訓練、そして精度評価に至る一連のプロセスを自動化できる点です。さらにAI学習モデルに対して少量の追加データで効率的にファインチューニング(追加学習)を行う機能も備えています。これにより、AIの専門家でなくても、容易に高精度なAIモデルを構築することが可能です。このAIモデルにより、大規模な材料構造に対して、より長時間の分子動力学シミュレーションが可能になります。これにより、複雑な現象(高分子の絡み合い、材料の破壊など)の解析や、材料が長期間使用されることで起こる変化(強度低下や構造崩壊)なども再現できます。その結果、新規材料の探索や特性評価を、シミュレーションによって効率的に行い、実験による試行錯誤を減らし、開発期間を大幅に短縮できます。

── シミュレーション高精度化のためにどのような工夫をしましたか。

松村:一般的な機械学習ポテンシャルによるAIモデルでは、大規模・長時間シミュレーションが非常に不安定になり、最終的にシミュレーション中の材料構造が崩壊してしまうことが多々あります。AIシミュレーションが不安定になる根本的な理由は、AIが学習していないデータに遭遇したときに、異常な値を予測してしまうことにありました。この課題を解決するため、私たちは物理的に重要だと分かっている知識を、AIにあらかじめ教えるというアプローチを取っています。具体的には、AIに与える訓練データの選び方を工夫しました。私たちの既存の知見に基づき、物理的に重要となるデータをAIが優先的に学習しやすくなるよう、GeNNIP4MDのアルゴリズムを改良しました。これにより、シミュレーション中に未知の構造に遭遇したとしても、AIはあらかじめ学習した知識で対応できるようになり、計算の安定性が飛躍的に向上しました。

── GeNNIP4MDを活用しているお客さまの事例を教えてください。

松村:日本製鉄様による「ニッケルとマンガンの合金」における水素脆化の解析事例を紹介します。水素は燃焼時に二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーとして注目され、水素製造、輸送、貯蔵、利用に至るまでのサプライチェーン全体が急速に整備されつつあります。しかし、高圧水素環境下で使用される配管、バルブ、貯蔵タンクなどの水素関連インフラの金属材料における水素脆化(金属材料が水素原子を吸収することで、その強度が低下し、最終的には予期せぬ破壊に至る現象)が課題となっています。この課題を解決し、より安全で信頼性の高い水素関連インフラを構築するために、日本製鉄様は、材料内部における水素の挙動のメカニズムを原子レベルで詳細に解明することを求めていました。

── GeNNIP4MDはどのように活用されましたか。

松村:解析対象の構造(ニッケルとマンガンの割合を変えた構造や、そこに水素を加えた構造)を作成、GeNNIP4MDを活用してAIモデルを作成いただきました。そのAIモデルを活用したシミュレーションにて、ニッケル-マンガン合金における水素の挙動を観察でき、水素脆化が起きるメカニズムが解明されました。その結果、「マンガンを入れると水素脆化が起きにくくなる」「どれくらいの量のマンガンが効果的なのか」などが分かってきています。我々はこのように、従来では予測できなかったような物性値を予測したり、原子レベルでの挙動を観察することで新しい知見を獲得したりなど、お客さまと伴走しながら進めています。実際にそれらの成果は論文(*2)(*3)(*4)(*5)などに掲載されています。

因果による結果分析ツール「因果発見技術」

── 因果発見技術とはどのような技術ですか。なぜ材料開発において重要なのですか。

栗林:因果発見技術は、データの中から原因と結果の関係(因果関係)を見つける技術です。単なる相関(関連性)ではなく、「何が結果にどの程度影響を与えているのか」を明らかにできます。材料開発では、材料の構造が物質の特性にどう影響するかを見つけるために使います。膨大な材料候補や計算結果から、人間には見つけにくい重要な因果関係を自動抽出できます。昨今の材料開発は多元系(複数種類の元素からなる材料)の複雑なものを対象とすることが多く、1つの原子が変化しただけでも他の原子の結合に影響し、材料の特性にも大きく影響を及ぼすことがあります。そのため、材料中の原子の変化が性能に与える影響を分析するためには、全体的な因果関係も把握する必要があります。

── 因果発見技術の特徴を教えてください。

栗林:本技術は、条件付因果(特定の条件を満たすデータに限定した因果)が求められることが特徴です。また、特徴的な因果が得られるような条件を自動で抽出します。これにより非線形な関係も近似的に区分線形で捉えられることが有ります。さらに、データに欠損がある場合でも、使えない部分を間引きしつつ最大限活用できるようにするなどの処理も施します。

── 因果発見技術は材料開発において、どのように活用されていますか。

栗林:私たちはアイスランドのベンチャー企業Atmonia社との共同研究(*6)で、常温常圧でもアンモニア生成が可能な触媒の探索を行いました。従来、アンモニアの生成には高温高圧環境を必要とし、生成コストが高いという課題がありました。私たちは、1万ケース以上のアンモニア合成触媒候補のシミュレーションデータに対して因果発見技術を適用することで、触媒原子の種類や位置関係、および反応エネルギー量などの項目間の因果関係から、触媒候補の合金のベースとなる金属は族番号が小さいものが適しているなど、触媒として適した材料の性質の傾向を発見しました。その傾向を用いて、効率的に材料候補の絞り込みの方向性を決定することができました。

── 因果発見技術は、材料開発以外の適用領域はありますか。

栗林:製造プロセスにおいて、製造条件と物質特性の関係の発見にも適用できます。直接調整できる装置の設定値(①)や、製造中に観察可能なパラメータ(②)、および、最終的に実現したい性能(③)があるとします。これらの間には、①が②に影響を与え、また①と②が③に影響を与えるといった因果関係が存在することが考えられます。これらの関係と効果の大きさをセットで可視化することで、特に重要な影響因子やボトルネックを短期間で明確に把握できるようになります。社内の研究所で従来人手で行われてきた半導体デバイスの性能向上案の妥当性の検証を、因果発見技術を使って行いました。アモルファスSiNの製造パラメータが性能にどのように影響するかを、実験結果に基づいて分析したところ、従来2週間を要していた検討事項を、わずか1日で検討できるようになりました(*7)。

より高精度で高速な材料開発を目指して

── 技術の今後の展望を教えてください。

吉本: こういう材料が欲しいとAIに伝えれば、AIがシミュレーションで検証し、シミュレーションデータの因果関係を分析し、メカニズムを解明するような一気通貫で自動的なシミュレーションができるようにしたいです。10年、20年先には、量子コンピューティングを活かしたソリューションを提供できればと思います。

山崎:シミュレーションの規模を現実に近いスケールへと拡張することで、従来より高効率な太陽電池材料の開発や、デバイス全体を対象とした半導体のシミュレーションを可能にしたいです。化学反応をより詳しく分析し制御可能にすることで、最終的に、私たちが想像もつかない革新的なデバイスの創出へとつなげていきたいです。

松村:まずは、現在進めている「高度なデータサンプリング手法によるAI訓練コストの削減」という研究を完遂したいと考えています。それに加え、GeNNIP4MDの機能をさらに充実させ、実際の現場でも活用いただき、社会課題を解決できるように貢献したいと考えています。

栗林:私の目標は、シミュレーション結果からAIがメカニズムを考察し、次に試すべき最適な実験を自動提案する「自律的な探究サイクル」を、さらに高度化させることです。また、趣味と組み合わせ、この探究サイクルを料理のレシピをつくるような身近なプロセスに応用し、材料科学の枠を超えた新たな可能性にも挑戦したいです。

関連情報

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No.7,9
本件が貢献を目指す主なSDGs

本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです

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