社会設計の根幹をなす施策そのものをまるごとデジタルツイン化する――そうした新しいアプローチを可能にする技術が、富士通の「Policy Twin」です。施策を機械可読な形式へとデジタル変換し、形式知として扱うことで、意思決定のあり方を大きく変える可能性を秘めています。本記事では、実際の自治体の取り組みを例に、Policy Twinが施策立案のプロセスにどのような変革をもたらすのかについて、研究開発に携わる2名の研究員に話を聞きました。
2026年4月27日 掲載
RESEARCHERS
香村 紗友梨 / Kohmura Sayuri
富士通株式会社
富士通研究所 セキュリティサイエンス研究所
地政経済レジリエンスCPJ
シニアリサーチマネージャー
久留米 勇太 / Kurume Yuta
富士通株式会社
富士通研究所 セキュリティサイエンス研究所
地政経済レジリエンスCPJ
複雑化する多様な課題の解決を目指して
富士通はこれまで、気候変動や経済格差、少子高齢化といった複雑な社会課題の解決を支援するため、人文社会科学と計算機科学を融合したコンバージングテクノロジーの研究開発を進めてきました。その中で、現実世界の人々の行動や社会の動きをデジタル空間に再現し、施策の効果や影響を事前に検証するソーシャルデジタルツインの研究開発(*1)に取り組んでいます。
そして、これをさらに深化させた技術が、今回ご紹介する Policy Twinです。Policy Twinとは、人や社会の状態にとどまらず、様々な領域で実施されている施策(*2)そのものを機械可読なフロー形式として表現し、デジタル空間で扱えるようにする技術です。これにより、施策を形式知として捉え、様々な数理的処理を施すことが可能となります。またその上で、社会受容性を考慮した、多様な施策候補を自動的に導出できる点が、Policy Twinの大きな特徴の一つです。
本記事では、Policy Twinを自治体の糖尿病性腎症重症化予防施策に活用した事例を取り上げ、利用者にとっての価値や開発秘話を紹介します。
- (*1)現実世界のデータをもとに、人や物の状態だけでなく、経済・社会の活動もまるごとデジタル空間に再現する技術
- (*2)どのような人にどのようなサービスを提供するかを計画し実行する一連の取り組みを指す
国や自治体における施策立案の背景や課題
── 国や自治体の施策立案の難しさを教えてください。
香村:国や自治体の施策立案担当者は、住民や地域が抱える多様な課題に対応しながら、より高い効果が期待できる施策を検討・実行することが求められています。しかしながら、施策の効果を左右する要因は複雑に絡み合っており、限られたコストや人的リソースの制約の中でその影響を適切に評価しようとすると、多大な工数と高度な分析能力が必要となります。そのため、施策によってどの程度の効果が見込めるのかを事前に判断することは容易ではなく、現在の施策立案は、過去の実績や担当者の経験、これまでの慣習に頼らざるを得ないケースが少なくありません。
社会課題解決に向けて施策の効果を最大化するPolicy Twin技術
── これらの課題に対して、Policy Twinではどのようなことが可能なのでしょうか。
香村:Policy Twinを使うことで、客観的な根拠に基づいて、施策の効果や影響を容易に比較・検証できるようになります。Policy Twinでは、施策そのものをフローとしてデジタル空間上に再現します。さらに、既存の施策を再構成することで、新たな施策候補を自動的に生成し、それぞれの施策効果を定量的にシミュレーション(デジタルリハーサル)します。その結果、施策を実際に実行する前に、どの施策がどの程度の効果をもたらすのかを可視化でき、より効果的な施策候補を検討できるようになるのです。
── 糖尿病性腎症重症化予防事業において技術検証を実施したと伺いました。その背景を教えてください。
香村:糖尿病性腎症は、進行すると人工透析が必要となる場合もあり、患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)を大きく損なうだけでなく、国全体としての医療費負担の増大にもつながる病気です。こうした背景から、全国の自治体では、糖尿病性腎症の重症化を未然に防ぐことを目的に、ハイリスク者を早期に抽出し、適切な保健指導を行う取り組みが進められています。今回我々は、糖尿病性腎症重症化予防に関する取り組みを対象に、ある自治体と協力して技術適用を行いました。
── ハイリスク者の抽出をする際、どのような点を考慮する必要がありますか。
香村:ハイリスク者の抽出では、国のガイドラインに沿うことを前提としつつ、自治体が実際に対応できる体制やコストとのバランスを考慮することが重要です。抽出条件によって対象者数は大きく変わり、それに伴って必要となる人手やコストも変わります。例えば、ハイリスク者への連絡方法一つをとっても、電話や郵送など自治体ごとに異なるため、他の自治体で有効とされている取り組みであっても、自分の自治体の体制や予算のもとで同様に実施できるとは限りません。そのため、各自治体の状況を踏まえながら、施策の効果と実行可能性の両面を考慮した設計が求められます。
── Policy Twinをどのように活用しましたか。
香村:まず、糖尿病性腎症重症化予防施策に関する自治体の施策文書をもとに、施策フローを作成しました。あわせて、他の自治体で実践されている同様の施策についても、施策フローを作成しました。そのうえで、こうして作成した多数の施策フローを構成要素レベルに分解し、再構成することで新たな施策候補を自動的に生成し、医療費や健康改善効果、勧奨通知の実施にかかるコストなどについてシミュレーションを行いました。その結果、保健指導を提供するための人的リソースなどの制約条件を満たしつつ、保健指導による医療費の抑制や健康指標の改善が期待できる施策候補を導出できることが確認できたのです。
Policy Twinの利用者にとっての価値
── Policy Twinは利用者にとって、どのような価値がありますか。
久留米:Policy Twinの大きな価値の一つは、施策をフロー形式でデジタル化することで、これまで個別の文書としてしか把握できなかった内容を、数理的・構造的に見渡せるようになる点にあります。これにより、例えば他自治体の類似事例や成功事例とも定量的に比較しやすくなり、経験や慣習に過度に依存せずに施策検討を進められるようになります。加えて、利用者が納得感を持ち、実行に移しやすい形で新規の施策候補を立案できる点も、Policy Twinの重要な価値です。Policy Twinで新しく生成された施策候補は、既存の施策をベースに柔軟に再構成されているため、過去の施策との関係性や現場の知識・経験との整合性から逸脱しない現場で受け入れやすい形でありつつも、新たな視点を取り入れたものとなっています。これは、既存施策との連続性を保ちながら新たな施策を導出するという、Policy Twinのアルゴリズムが持つ大きな強みです。より詳しい内容はTechBlog(*3)をご覧ください。
── Policy Twinを今後どのように機能強化していきますか。
香村:Policy Twinでは、実際の活用を重ねる中で、操作性や使い勝手の面でも改善を積み重ねています。まずは、様々なユーザーの声を丁寧に取り込みながら、より直感的で現場で使いやすい技術へと発展させていきたいと考えています。そのうえで、Policy Twinが扱う対象は、単一の施策や特定の分野にとどまるものではありません。今後は、様々な自治体で実施されている施策を横断的に捉えるとともに、分野の異なる施策も含めて、相互の影響やトレードオフを考慮しながら全体として最適な組み合わせを検討できる基盤技術へと成長させていきます。
他の分野への適用
── 本技術は、この事例以外にも適用できる分野はありますか。
香村:想定している分野と適用例をご紹介します。
- 地域医療構想:地域の限られた社会資源で質の高い医療や健康サービスを提供できる体制を設計する
- 医科・歯科連携:糖尿病重症化予防と歯周病予防の施策を連携し、相乗的に重症化を予防する
- 交通・医療連携:健康状態に合わせた通院手段の提供により利便性を向上させ、早期の受診機会の増加を図る
その他、どのような人にどのようなサービスを提供するかを決めて実行する分野であれば、幅広くご利用いただけます。
Policy Twin開発の裏側
── Policy Twinの開発チームはどのように結成されたのですか。
久留米:Policy Twinの研究開発チームは、異なる分野の科学や技術を融合し、社会課題に取り組むというコンバージングテクノロジーの考え方を軸に、多様な専門性を持つメンバーによって構成されています。 例えば、音声処理、画像処理、データマイニング、ロボティクスなど、様々な技術領域を専門とするメンバーが集まっているだけでも特徴的ですが、さらに経済学など人文社会科学分野を専門とする研究者も参画しています。
私自身、これまでコンピューティングに関わる研究開発に携わってきましたが、こうした分野横断的な考え方に強く惹かれ、本チームに参画しました。実際にチームに入ってみると、その分野横断性は日々の研究活動の中に自然に表れています。例えば、定期的に開催している論文を紹介し合う場では、同じテーマを扱っていても着目点が異なり、毎回必ず違った論文や切り口が持ち込まれます。こうした多様な視点が、議論を深め、研究テーマを磨く上で大きな力になっています。
── 研究の進め方について教えてください。
香村:現場の声を聞くことを意識しながら研究を進めてきました。研究開始当初は、施策立案を行っている方々を訪ね、現場課題をヒアリングしながら、仮説と技術コンセプトを立てました。新しい観点を得るため、ゲーム設計に携わる方にお話を伺ったこともあります。仮想世界を設計する方法論は現実世界の設計である施策立案とリンクする部分も多く、大変参考になりました。また研究を進める過程で、現場を知っている方々からフィードバックをいただき、それを反映しながら少しずつ技術をブラッシュアップしています。
久留米:私たちは最先端の研究に取り組んでおり、その進展をさらに加速させるため、国内外のトップレベルの大学とも共同研究を行っています(*4)。様々な社会課題の解決に向けて、例えば新たな数理モデル技術の研究開発や、その社会実装について、大学の先生方と密に議論しながら研究を進めています。ときには、研究発表やディスカッションのために大学を訪問することもあり、久しぶりに母校を訪れた際には懐かしさを感じる一方で、学生時代とは異なるかたちで、研究を通じて大学と関わっている現在の立場を意識する機会にもなりました。
多様なビジネスや社会課題の解決に向けて
── 今後の展望を教えてください。
香村:まずは、これまで実証実験を進めてきた日本の予防医療分野において、施策立案への Policy Twinの適用をさらに推進していきます。そのうえで、将来的には、他分野やグローバルへの展開、そして、地域や分野を越えて施策立案できる技術に成長させることで、社会課題解決を実現していきたいですね。
久留米:私は数理的な分野に関心を持っています。一見すると数理と直接結びつきにくいように見える社会課題に対しても、数理的な視点から課題の構造を捉え直すことで、新たな気づきや解決への糸口を見出せると考えています。今後も、こうした視点を生かした研究を通じて、実社会への貢献を目指していきたいです。
関連情報
Policy Twinについてもっと知りたい場合、以下をご覧ください
- 実証実験にご興味をお持ちの方は、ぜひお問い合わせください。
- 富士通の他の先進技術を体験してみたい方は、以下サイトもご覧ください。
当社のSDGsへの貢献について
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、世界全体が2030年までに達成すべき共通の目標です。当社のパーパス(存在意義)である「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」は、SDGsへの貢献を約束するものです。
本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです