研究者の夢

ものづくりの原点から広がる、海洋デジタルツインの世界

プロフィール

冨森 英樹 顔写真

冨森 英樹 / Tomimori Hideki

セキュリティサイエンス研究所
大学院新領域創成科学研究科卒
2009年入社
私のパーパス:朝起きて研究したいと思える世界を作る

Article|2026-05-28

ただ、ひたすらものづくりしたい

物心がついたころから、ドライバーを手に取り、おもちゃからテレビまで、身の回りのものを分解していました。中に何が入っているのか、どのような仕組みで動いているのかに興味があったからです。割り箸鉄砲を作ったり、ミニ四駆を改造したりするような遊びもしました。また、同時期にBASICを使ったプログラミングにも初めて触れ、簡単なパズルやシューティングゲームを自作していました(家ではビデオゲームは禁止されていましたが、PCでの学習は許可されていました)。こうした経験を通じて、自分で調べ、試行錯誤しながら手を動かしてものを作る楽しさを覚えました。

大学時代には、偶然のきっかけから富士通との共同研究に携わる機会を得ました。安全運転を支援する技術の研究開発に取り組み、運転者の心拍などの生体情報をセンサーで取得し、眠気などの兆候を検出する技術の開発を行いました。現場での実証実験にも参加し、多数の被験者の協力を得てデータを収集・解析しながら、高精度な技術の実現を目指しました。この経験を通じて、卒業後は社会に役立つ応用研究を企業で行い、研究成果を製品として世に送り出したいという強い思いが芽生え、富士通への入社を決意しました。

現場で培った対応力

長い会社人生の中では、研究テーマが変わることも多々ありますが、学生時代に培ったセンシング技術や信号処理技術は、現在に至るまで大きく生きています。その中でも特に印象に残っているのが、3Dセンシング技術を用いたAI体操採点システムの研究開発(*1)です。本技術では、体操競技における競技者の動作をセンシングし、数値データとして分析することで、AIが技を自動判定します。判定結果を画面に表示するだけでなく、関節角度など、審判が正確な身体の動きを確認したい場面に応じて数値情報を提示することで、同一基準による正確な判定を支援します。

一方で、競技場という現実環境には、天井構造や照明の反射など、シミュレーションでは想定しきれないノイズが多く存在し、動作センシングの精度が低下する場合があります。そのため、未知の環境条件下でも限られた時間内で技術を安定して動作させるための調整に加え、センサーやカメラの設置位置を変更する際には、テレビ局や競技連盟など関係者の理解を得るための丁寧な説明や、状況に応じた柔軟な対応が求められました。研究活動そのものに加え、現場での対話や説得を通じて技術を成立させることの重要性を学べたことが、このプロジェクトの大きな収穫でした。実際の大会で技術が正常に動作し、AIによる採点結果と審判による正しい採点結果が一致した瞬間の喜びは、仕事における大きなやりがいとなっています。

高度なセンシング技術を海中データ計測へ展開

AI体操採点システムの開発を終えた後、現在は海洋デジタルツインの研究に取り組んでいます。海洋の状態をデジタル空間上に再現し、その変化を予測することで、気候変動への対応やカーボンニュートラル、生物多様性の保全といった社会課題の解決に貢献することを目的とした技術です(*2)。その中でも、特に荒れた海況下でも安定した海中データ計測を実現する水中ドローンの自動航行制御技術や、海中物体の形状や分布を高精度に把握するセンシング技術の開発に注力しています。実環境での動作検証が不可欠なため、海中での実証実験を安全に行うために海難訓練講習の受講や体力作りも行いました。実際に、愛媛県の宇和島など、北は北海道、南は沖縄まで各地の海域を対象に、水中ドローンを用いて海域全体のデータ収集を行い、現地の環境などを踏まえた検証を重ねてきました。その成果の一つとして、海藻などのブルーカーボンがCO₂を吸収する量を定量的に評価する手法を確立し、カーボンクレジットの認証にも貢献しています(*3)。

水中ドローンを用いた実証実験の様子
水中ドローンを用いた実証実験の様子

釣りから始まる、休日の楽しみ

私の趣味は釣りですが、実は魚を釣ることそのもの以上に、その後の干物作りや、食べ方を工夫する時間に夢中になっています。塩加減や干す時間、天候やベランダのどこに置くかといった条件によって仕上がりが大きく変わり、同じ魚でも毎回同じ味にならないところが、面白さの一つです。最初は、乾きすぎて硬くなってしまったり、逆に水分が残って生臭くなってしまったりと失敗も多くありました。しかし、水分量変化を計測したり、その都度「なぜうまくいかなかったのか」を考え、塩の量や干し時間、置き場所を少しずつ変えていくうちに、自分なりのコツが自然と身についていきました。干物にしない場合でも、刺身にしたり、焼き魚にしたりと、その日の魚の状態に合わせて調理方法を選ぶようになりました。釣果が多い日には、何十匹もの魚を持ち帰ったこともあり、冷凍保存のための下処理が延々と終わらず、冷凍庫が魚で埋め尽くされてしまった苦笑いの記憶もあります。それでも、手間をかけて仕上げた料理から立ち上る香りや、口に入れた瞬間に広がる旨みを感じると、それまでの疲れはすっと消えていきました。次はどんな魚と、どんな味に出会えるのか――それも含めて、釣りの楽しみだと感じています。

新たなデバイスで切り拓く、新たな働き方

肉体労働を伴う作業や、高い集中力を要する仕事において、ロボットや海中ドローンなどの新たなデバイスを活用し、人の能力を最大限に活かせる働き方を広げ、社会全体の活力を高めていくことが、私の現在の夢です。漁業をはじめとする現場には、実証実験で実際に訪れた海域でも実感したように、天候や環境による危険が多く、体力や熟練に大きく依存した働き方が今もなお残っています。こうした現場で、危険を伴う作業を新たなデバイスが担うことで、人は判断や計画、保全といった、本来人が果たすべき役割に集中できるようになります。さらに、ドローンを操作しながら海中データ収集の画面を長時間監視するといった高い集中力を求められる業務においても、技術の自動化によって、人はより重要な判断や分析に力を注げるようになります。また、身体的な制約を抱える人にとっても、デバイスの活用によって、これまで難しかった作業や役割を担えるようになり、働くことや社会参加の選択肢が広がります。研究開発を通じて、一人ひとりの能力や可能性を引き出し、社会参加の障壁を越えられる未来を実現していきたいと考えています。

関係者からのメッセージ

環境・経済など多領域が交差する海洋分野において、冨森さんのITS(Intelligent Transport System:高速道路交通システム)や体操採点等で培った技術開発・顧客共創の実績と技術・市場などの俯瞰力を活かし、海洋デジタルツインの中核となる高い技術価値創出と事業開拓を力強く牽引されることを期待しています。(セキュリティサイエンス研究所 烏谷彰 シニアプロジェクトディレクター)

本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです

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