研究者インタビュー
AIが実現する多様な帳票のチェック自動化
従来の調達業務における帳票チェックでは、紙やPDFで提供される構成やレイアウトが統一されておらず、それらを人手で確認するため、時間とコストがかかるという課題がありました。この課題に対し、富士通は、人に代わって帳票チェックを行うAIを開発しました。本記事では、この技術が調達業務における帳票チェックをどのように効率化し、誤発注の防止に貢献するのか、研究開発に携わる3名の研究員に話を聞きました。
2026年3月30日 掲載
RESEARCHERS
陽奥 幸宏 / Youoku Sachihiro
富士通株式会社
富士通研究所
人工知能研究所
領域特化AI CPJ
井谷 宣子 / Itani Noriko
富士通株式会社
富士通研究所
人工知能研究所
領域特化AI CPJ
村田 健悟 / Murata Kengo
富士通株式会社
富士通研究所
人工知能研究所
領域特化AI CPJ
調達業務における帳票チェックの課題
従来の調達業務における帳票チェック作業は、人手で行われるため、時間とコストがかかります。特に社外からの見積書は紙やPDFなどが混在し、構成や内容も統一されていません。例えば富士通の調達部門では約40項目のチェック表を用いて、二重三重にチェックを行っているため、1日でチェックできる件数は数十件に限られています。この課題を克服するため、多くの企業がAIを活用した帳票チェックの開発に取り組んでいますが、そこには以下の2つの課題が存在します。
まずは、見積書などの帳票は企業ごとにフォーマットが異なり、複雑な記述であることも多く、正確なデータの構造化が困難です。次に、AIを活用する場合、企業や業務ごとに異なるルールに合わせたプロンプトの生成をエンジニアが行う必要があり、コストがかかります。これらの課題を解決するために、我々は帳票チェック支援AIを開発しました。本技術を用いることで、誤発注の防止や人手による多重チェックの削減に貢献します。
調達業務における帳票チェックを人に代わってAIが行う
── 帳票チェック支援AIはどのように使われていますか。
陽奥:本技術は、人に代わってAIが帳票チェックを行います。利用者は既存のチェック表とチェック対象の帳票をアップロードするだけで、容易に帳票のチェックを行うことが可能となります。
── 帳票チェック支援AIは社内で実証されたと聞きました。
陽奥:我々は社内の調達部門と連携して、人が目視で行っている見積確認作業を本技術で代替することを目的に、実証実験を行っています。従来、調達部門では誤発注を防ぐため、見積書を約40項目のチェック表に照らし合わせて確認し、かつ、二重三重のチェック体制で実施していました。そこで我々は調達部門が実際の業務で使用している社外からの見積書のデータを収集し、帳票チェック支援AIを用いて、構造化の可否や記載内容のチェック可否について分析しました。その結果、約50%の工数削減が見込めるとの評価が現場から寄せられています。現在、課題の抽出や運用方法について議論を重ねながら、AIのチェック精度向上に向けた改良などを行っています。
── AI OCRと帳票チェック支援AIの違いについて教えてください。
村田:一般的なAI OCRは、帳票の画像を入力すると、記載されているテキストを認識しデジタルデータに変換します。しかし、帳票のレイアウトは多種多様です。例えば住所一つとっても、「住所」という項目名と、記述された住所の位置関係は、左右の場合もあり、上下の場合もあり、会社や帳票によって異なります。AI OCRは項目名や、記述された住所をテキストとして抽出することはできますが、それらの関係までは分かりません。我々の技術では、住所という項目名と、記述された住所を紐づけて抽出することが可能です。
陽奥: また、一般的なAI OCRは、読み取る項目の位置や、内容チェックのためのルールを事前に細かく設定する必要があります。これに対して、我々の技術では、既存のCSV形式のチェック表を入力するだけで、ルールを分析し、チェック用のプロンプトを自動生成します。チェックルールが変更になった場合も、CSV形式のチェック表を更新するだけで対応できる点が特長です。
── 帳票チェック支援AIの利用シーンを教えてください。
陽奥:例えば見積書をチェックする場合、利用者はチェックしたい見積書や見積依頼書などの関連ファイル(PDFなど)と、既存のチェックルール(CSV)を帳票チェック支援AIにアップロードします。特化型VLM(大規模視覚言語モデル:画像や動画とテキスト情報を統合的に扱うことができるAIモデル)が見積書を読み取り、見積書を構造化したデータを作成します。プロンプト生成用LLM(大規模言語モデル:文章の理解や生成、要約、翻訳などを行うことができるAIモデル)がチェック表のルールを分析し、チェック用プロンプトを生成します。最後に、チェック用LLMが見積書の構造化データと生成されたチェック用プロンプトを使い、記述内容のチェックを行い、判定結果を出力します。利用者が判定結果に誤りを見つけた場合には、その内容を修正することで、プロンプト改善用LLMがフィードバックをもとにプロンプトを改善します。
多様なデータの構造を解析し、高精度なプロンプトを生成
── 帳票チェック支援AIはどのような技術から構成されていますか。
陽奥:帳票チェック支援AIは三つの技術から構成されています。一つ目は、見積書などの画像データをLLMが理解できる構造化データに変換する技術です。特化型VLMは、多様なレイアウトや、マルチヘッダーの見積書など、複雑な帳票を構造化することができます。単純な画像から文字情報を読み取り、デジタルデータに変換するOCR技術ではなく、key-valueデータ("宛先":"富士通株式会社"のように、項目とその記載内容がセットになるデータ)として出力可能です。
二つ目は、既存のチェックルールをもとに、LLMがチェックを行うためのプロンプトを自動生成する技術です。既存のチェックルールをそのままLLMに渡しても、正確なチェックができません。なぜなら人による確認を前提として記述されたチェックルールのため、判断基準が不明確な場合があるためです。我々のプロンプト生成技術は、既存のチェックルールをそのままLLMに渡すのではなく、指示や判断基準、参照する資料を整理し、チェックに適した形式のプロンプトを生成します。
三つ目は、利用者による判定結果の修正内容をもとに、プロンプトを改善する技術です。プロンプト改善用LLMは、利用者のフィードバックを学習し、プロンプトを継続的に自動修正することで、チェック精度を向上させます。
── AIチェックの高精度化のためにどのような工夫をしましたか。
村田:様々な取引先から提供される見積書などの帳票は、会社ごとにフォーマットが異なり、さらに複雑な構造を持つ帳票も多いため、VLMによる解析は難しいです。VLMのファインチューニング(追加学習・最適化)には多様かつ大量なアノテーション付きの帳票データ(タグやラベルなどが付いたテキストや画像データ)が必要ですが、アノテーション作業には多大なコストがかかります。そこで、我々はLLMを活用して専用の学習データを自動生成することで、多様かつ大量なファインチューニング専用データを低コストで実現しました。
陽奥:プロンプト生成においては、指示や判断基準を分解・明確化し、LLMが理解しやすいプロンプトを生成しました。また、確認項目ごとに参照資料を限定することで、必要な情報のみをLLMに渡すことができるプロンプトを生成しました。
── 帳票チェック支援AIの今後の改善予定を教えてください。
村田:特化型VLMについては、複雑な帳票を構造化する際の精度向上が課題です。現在は、一度の処理で帳票の情報を抽出していますが、人間が複雑な帳票を理解する時のように、複数回見直す処理を追加することで、より複雑な構造を持つ帳票でも、より高精度に構造化できるよう改善していく予定です。
陽奥:見積書の確認では、例えば、「1人月を170時間として、開始日から終了日までの期間で何人・何時間の工数が発生しているか」のような複雑な推論や計算が求められます。これを実現するため、チェックを自律的に行うエージェントを作成し、複雑な計算を実行する外部ツールと連携することで、より精度の高いチェックを行うことを目指します。
井谷:LLMにデータを入力するプロセスを改善し、LLMの負荷を抑制しつつ、帳票のチェック精度を向上したいと考えています。現場のデータを使って、LLMに入力するデータの内容、タイミングなどを改善する技術検証を進めていきたいです。
発注業務、輸出入などへの応用
── その他ユースケースについて教えてください。
陽奥:応用例を幾つかご紹介します。
現場のニーズに対応し、常に進化するAIを目指して
── 技術の今後の展望を教えてください。
井谷:AIの汎用性を高めていきたいです。例えば同じような業務であっても、企業ごとに慣習や判断基準が異なります。そのようなケースにも柔軟に対応できることを目指しています。また、時間とともに運用ルールが変化した場合でも、AIを容易にメンテナンスできる設計が重要です。暗黙知となっているチェック基準を明確にし、その基準に応じて変更・運用できる技術の検討を進めます。
村田:お客様が帳票チェック支援AIをカスタマイズすることで、種類の異なる帳票を迅速に扱えるようにしたいです。そのために、学習データが少ない場合でも、複雑な帳票を構造化データに変換できる技術の実現を目指しています。
陽奥:現在は、見積など一部の業務に限定した実証を進めていますが、今後は、発注業務や輸出入なども含め、調達業務全般の帳票チェックを支援できるよう、技術開発と現場実証を進めていきたいです。より高度で幅広い業務に対応するために、人間が積極的に意思決定や判断プロセスに関与する仕組み「ヒューマン・イン・ザ・ループ」が不可欠です。この仕組みを通じて利用者のフィードバックを学習し、チェック精度を継続的に向上させていきたいと考えています。
富士通の帳票チェック支援AIについてもっと知りたい場合、以下関連情報をご覧ください
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